ぷるるる、というコール音が聞こえた。私の携帯からスピーカーを通じて聞こえるその音は、男が見廻組の誰かに電話をかけたのだと推測できる。私の携帯には見廻組の人間のアドレスがいくつも登録されている。その中の誰にかけたのか。下っ端にかけても意味はないはずだ。かけるなら、私より立場の上の人。そう推測していると、コール音が途切れ、涼やかな女性の声が聞こえた

『もしもし』

今井副長だった。男はその声を聞くと、笑いながら私を拉致監禁したこと、私を殺されたくなければ1人でこの場所に来い、という旨を伝えた。

「写真は見たよなァ!?可愛い可愛い補佐官の名字名前ちゃんが死んじゃうぜェ?」

普通に副長が来たら全員死ぬ気がする。
私は悟りを開いたような顔で遠くを見つめた。彼の思惑では、私を人質に上層部の人間を殺したいのだろう。名字がどうなってもいいのか!みたいなよくある手段を使って。だが、彼女にそんな甘い手は通じないだろう、彼女は私のことなど気にせずに殺すはずだ。そして私は乱闘の末殉職、といった形でそのまま死亡届を出されるのだ。

「南無三すぎる…。副長が来る前に脱出しなきゃ」
「どしたの?うんこ漏れた?名前ってS?M?Sのうんこはでかいから近づかないでネ」
「風評被害!」

私の表情を見た神楽ちゃんが、相変わらず顔に似合わずひどいことを言う。いくら副長が怖いと言っても、人間の尊厳として脱糞はしない。
私たちがまた言葉を交わしている間に、携帯の向こう側からの返事はなかった。ただ雑音が聞こえるのみだった。少しの時間待っていた男だったが、痺れを切らしたのか、再び声をかける。今度は怒鳴り声に近かった。

「アァおい?!聞こえてんだろ!?てめえの部下を生かすも殺すも俺次第なんだよ!!」

耳を塞ごうとしても、身体に自由はない。私はただ男を眺めた。すると、携帯の向こうの雑音が少し途切れた。副長が喋る、と感じたのはその場にいた全員で、皆がその言葉を待って黙った。

『名字って誰』
「…………っエ」

いつものトーンの副長の言葉に、私は思わず声がでる。その言葉の意味を理解し始めたときには、私の額には汗が浮かんでいた。戸惑っているのは男も同じようだった。

「はァ!?見廻組副長補佐の名字だよ!!てめぇの直属の部下だろうが!!」
『そんなのいない』
「ふ、副長…?」
「いやいるだろうが!!バチバチに見廻組の制服着てんだぞコイツは、しらばっくれるな!!」
『知らない』
「副長ォーーー!!」

信じられない。確かに仕事において私に優しさをかけるような人間ではなかったが、私の存在を抹消するほどとは。確かに今の私は一時的に真選組預かりの身ではある。それも土方副長の下に属している。しかしそれはあくまでも(仮)状態であって、私の本来の身分は確かに見廻組副長補佐である。

「確かに真選組行く時副長に連絡しなかったですけどアレ局長が言ったんですからね!?助けに来いとは言いませんけどせめて存在は認識してくれませんか!?」
『むぐっ…もっ…コーヒーのおかわりよろしいですか?』
「っえ副長今どこにいるんですか今完全にコーヒーのおかわりしてたよね。完全にマスタードーナツでイートインしてますよね。おかわり無料のコーヒーで5時間粘るやつですよねソレ」
『…異三郎には、内緒にしてあげる』

プツッ。
彼女がそう言うと、携帯の電源は切られた。男はワナワナと震えている。どう考えても震えたいのはこちらなのだが。上司に存在を忘れられている上に、ドーナツ食いながらコーヒーんのおかわりまでさせられたんだぞ。

「クソ、こうなったら局長に直接…」

また男は携帯をいじる。私のアドレス帳から局長の名を見つけ、すぐにかけた。ぷるるる、とお馴染みの音が鳴る。しかしその音はすぐに途切れ、別の音声が聞こえる。

『おかけになった電話番号は、お客様のご希望によりお繋ぎできません』
「着拒されてンじゃねーか!!!!」
「見廻組、やめようかな」

なんていう上司どもだ。いやほんと、確かに助けてほしいとか私のために命を懸けてほしいとかは思わないよ。けど流石にそこまでしなくてもいいんじゃないですかね…。存在ごと抹消しなくてもいいんじゃないですか。私は涙目になりそうです。

「クソ、お前人質としての価値はねえのかよ!?」
「いや、一般的にはあるはずなんですけどね。話くらいは聞いてくれてもいいと思うんですけど。おっかしいな、アレ、マジで涙出てきた」

男は憤慨しているが、憤慨したいのはこちらだと言いたい。神楽ちゃんに至っては最早あくびをしていた。早く返してあげたいなぁ、とぼんやりと思った。



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