「神楽のやつがよぅ、依頼をおじゃんにしやがって」
「あいつ、めちゃくちゃ食うんだわ。もう万事屋には米一粒もねーよ、定春のドッグフード」
「橋本○奈だからといってあいつ自身のキャラ性が変わるワケじゃないからね」

その他諸々。
坂田さんの口から、神楽という少女のことはよく聞いていた。彼の話している内容は、ほとんど愚痴のようなようなものだったけれど、坂田さんの目はとても優しいものだった。きっと何だかんだ、家族のように大事に思っていることが、聞いている側としてはすぐに理解できた。私は会ったことがなかったけれど、いつか会ったときには彼女が好きだと言う酢昆布を差し入れしてみようかと常々思っていたのだ。
それがまさか、こんな状況で出会う形になろうとは。

「神楽さん、撤退してください!」

私は、何人かに囲まれている神楽さんに向かって叫ぶ。彼女は手に持っている傘を用いて、それは強靭な姿を見せていた。話には聞いていたが、彼女は強い。単純な身体の使い方という話であれば、見廻組に入ってもトップを張れるのではないかとすら思う。しかし、敵の目的はあくまで私であって、彼女を巻き込んでしまうことは憚られた。

「何言ってるネ、子供扱いすんなヨ!」

彼女は私の言い分が不本意だったようで、ぶっきらぼうな言い方で私に言葉を返す。

「子供扱いしますよ。あなたは子供ですから!けれど、弱いもの扱いしているわけではありません!」

なんとか敵の攻撃をかいくぐりながら、私は言う。神楽さんは強い。だからこそ、他の子供のように護られるばかりではなく、自分が護るという意志を突き通せてしまうのだろう。だが、私にとっては今出会ったばかりの、坂田さんの大事な人であるという事実は揺るがない。大人として子供を守るのは責任であり、警察が市民を守ることは義務なのだ。散歩だと言いながら、私を助けにきてくれたことは大変嬉しいことではあったが、彼女の強さに頼って勝利を収めることは、できれば避けたかった。万が一にも彼女を傷つけたくなかった。

「逃げろ、ではなく撤退してほしいんです。助けを呼んできてほしい。確かに私一人では分が悪いですが、それまでは踏ん張ります。助けが来れば、より確実に場を収めることができます」
「!…」

気がつけば、彼女と背中合わせの状態になっていた。相変わらず敵に囲まれている。彼らは私たちの出方を伺っているのか、すぐには襲ってこなかった。私たちも動かず、場は均衡状態を保たれていた。その間に訴えかけた言葉に、彼女は理解を示しつつあるように思えた。実際、ここで戦いを長引かせるよりは、神楽さんの足に頼って助けを呼んでもらえたほうが、後が楽になるのだ。神楽さんは開いていた傘を閉じた。

「道は私が開くので、後をついてきてくれますか」
「わかったネ。…そういや、名前聞いてないアル」
「名字名前と申します」
「そっか、名前」

無理はすんなヨ。と彼女は言った。子供に心配されてしまうとは、プライドが傷つきそうな出来事だったが、彼女の強さを見てしまったあとでは何も言えなかった。きっと彼女は、私より戦場を生きている。わたしはこくんと頷いて、刀を構えた。

「では神楽さん。…真選組に助けを!」
「………」
「ありっ、え、…神楽さん?」
「…何で私があいつらに助けを求めなきゃいけないアルかァアアア!!!」
「ちょ、エーーーーーー!!!」

うん!と元気な返事が返ってくるはずが、彼女は私の言葉に無言だった。あれ、聞こえなかったか?と恥ずかしい思いをしたのもつかの間、彼女は急に激昂して、私の前方に飛び出した。先ほどまでの張り詰めた均衡状態は崩れ去り、また乱闘のような状況になってしまった。

「やっぱこんなやつら、この神楽様1人で充分ネ!チンピラ警察にヘルプミーなんてゴメンアル!」

野生動物のように獰猛に暴れる彼女に、私はひどく戸惑う。しかし、神楽さんはあの坂田さんと住まいを共にしている人間なのだ。坂田さんと同じく「ポリ公嫌い」でもおかしな話はなかった。いやだからといって、ここまで?まじ少女に何やってんの、真選組。大丈夫か。

「ちょっと、神楽さん…!…!危ない!」

なんとか彼女にもう一度訴えかけようと、私は声を張り上げる。目の前にいた敵を斬り、神楽さんのいる方向を見る。その時私の目に強く映ったのは、神楽さんの赤いチャイナ服ではなく、その奥に潜んでいた銃口だった。神楽さんなら避けられるかもしれない。けれど、避けられなかったら?彼女の力を過信して、傷つけてしまうようなことは絶対に嫌だった。私は神楽さんの身体の前に自分の身体を滑り込ませる。人を庇うという状況に、坂田さんのことを思い出したけれど、あの時の私は迷ったままに人を護ろうとしてしまった。今は違う。私はしっかりとした意思を持って動いている。

「名前!」

発砲音は喧騒に紛れて聞こえなかった。気づいたときには肩口に痛みが走り、そこから血が流れていた。しかし、銃弾を受けたにしては軽い痛みで、私は傷口を触る。そこには太い針のようなものが刺さっていた。発砲音が小さかったのは、もとより武器が拳銃ではなかったからだろう。ぐらりと視界が歪む。そのままぼやけて、私は膝をつく。身体がいうことを聞かない。おい、何をやっている。立て。そう強く思っても、私は動くことができなかった。私の名前を呼ぶ神楽さんの声も遠い。やれれた、と思ってももう遅い。

「神楽さん、真選組が、嫌、なら、せめ、て、坂田さん、を…」

せめてもの言葉を口にする。もう神楽さんが何を言っているのは聞こえなかった。ぼんやりと映る彼女の姿を最後に、私は意識を手放した。



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