万事屋に行ったことはなかったけれど、場所は知っていた。かぶき町の中では有名な場所だったし、彼の住まう家でもある。いつか綺麗な着物を着て、菓子折りでも持って行って、遊びに行くことを密かに夢見ていた。
しかし現実は残酷なもので、今の私の服装は上着もない見廻組の制服であるし、腰には刀が差さっている。菓子折りなんてものも持ち合わせていない。せめて背筋だけは伸ばそうと、わたしは顔を上げて歩いた。彼の顔を見れるように、目と目を合わせられるように。

公園を抜けると、万事屋に向けて続く道に出た。初めて歩く道だった。私は方向音痴なわけでもないので、不安を感じることなく歩いた。だが、少し歩いて、違和感を感じた。先ほどまでいた公園と比べて、あまりに一通りが少ない。確かにかぶき町は夜にこそ真価を発揮する町ではあるが、だからといって、人っ子1人いないのは異常だ。雨が降っているわけでもない。小さな違和感は徐々に確信に変わった。1歩2歩、と歩くごとに私を見つめる視線を感じた。それだけではない、かすかだが足袋が地面に擦れる音が聞こえる。
刀に手をかける。

「見廻組だな。それも副長補佐がお一人とは、これは好都合」

背後から聞こえた声に、私は素早く振り返る。手は刀に。いつでも抜けるように警戒態勢をとる。声の聞こえた方向を見れば、路地裏から数人の男たちが出てきた。どの男も見たことのない顔をしていた。しかし、その身なりには共通点があった。薄汚れた着物に履き古された足袋。そして、腰の刀。廃刀令のご時世に帯刀。それは、彼らが攘夷志士であることの証明でもあった。

「どちら様で。悪いけど急ぎの用がありまして」
「つれないことを言わないでほしいですなぁ。私たちも天下の見廻組にご用件があるのですよ」

先頭に立っている男が言う。中年の男だった。身なりこそ高潔なものとは言い難かったが、その体つきを見るに、それなりに場数をくぐり抜けてきたと推測できる。

「…やれ!」

男が手を振り上げる。控えていた攘夷志士共が私に向かって刀を抜き、斬りかかってくる。見廻組に用があると言っていた。つまり、私個人に対する恨みなどではなく、見廻組を目の敵にする攘夷志士の犯行。私を見せしめにして殺すつもりだろうか。
目的を解明するには、あまりに情報が少なかった。しかし、私が見廻組と知っての襲撃行動。斬らない理由はどこにもなかった。今の私は万全の状態とは言えないけれど、腐っても副長補佐である。こんな流浪の攘夷志士に遅れをとるわけにはいかない。

「…急いでるんです!」

刀を抜いて、斬りかかってきた攘夷志士の刃を受け止める。男の腹を蹴飛ばして、後ろにいた男たちを巻き込んで地面に叩きつける。彼らが起き上がる前に、他の男を脚を斬る。日の元に似合わない赤い液体が飛び散る。うめき声を上げながら男は地面に転がる。そうして1人、また1人と斬る。私も全ての攻撃を躱すことは出来ず、肩や胸に切り傷が増える。だが、軽い怪我だ。このまま制圧できれば、特に問題はない。そう思いながら、私は攘夷志士を斬る。
しかしー、斬っても斬っても攘夷志士の数が減らない。最初見た時は、数人しか姿を見えなかったはずだ。路地裏にもまだ大勢隠れていたのだろうか。道に通行人がいなかったのも、彼らが大勢で擬似的に通行止めをしていたからかもしれない。そう考えを巡らせたあとに、私は背後に刃が迫っていることに気づいた。

「!」

しまった、と思っても遅かった。この攻撃は、避けれない。せめて少しでも急所を外そうと私は足を踏み出そうとする。しかし、足が動かない。地面に目線をやれば、最初に脚を斬って地面に倒れていた攘夷志士が、私の靴を掴んでいた。身動きが取れない。確実に、斬られる。
せっかく、坂田さんのところに行こうとしていたのに。坂田さんに会って、謝って、ちゃんと気持ちを伝えて、また最初から始めようとしていたのに。こんなところで私は終わるのか。私は…

「邪魔アル」

背中を襲う衝撃に耐えようと、身体に一層力を込めた。しかし、衝撃は私を襲うことはなく、代わりに轟音が辺りに響いた。

「ここは定春のお散歩コースアルよ。マーキングが見えないなら帰るヨロシ。それともこのかぶき町の女王がまとめて散歩してやろうか」

土埃から出てきたのは、少女だった。赤いチャイナ服を着ている、肌が白い美少女だった。雨は降っていないのに、手には傘を持っている。彼女の奥を見れば、私に斬りかかろうとしていた攘夷志士が地面に転がっている。この少女が何らかの手段で、あの男を倒したということだろうか。

「え、ぇえっ…と」

驚きのあまり、言葉が出ない。状況を整理すると、私は多数の攘夷志士に襲われて、その無勢に多勢さに敗北しそうになったところを、美少女に助けられたということになる。私だけでなく、皆が困惑した表情で少女を見る。彼女は注目を浴びていることに気づいていないのか、「定春ぅ」と呑気に声をあげる。

「お前、さっちゃんの友達アルか?さっき一緒にいたネ」

私を見て少女はそう言った。さっちゃん、とは確かあやめの渾名だったような気がする。考えを巡らせていると、「わん!」と鳴き声が聞こえた。その鳴き声には聞き覚えがあった。先ほど、あやめと対峙していたときに、遠くから届いた犬の鳴き声だ。白い犬は少女の側にかけより、すりすりと頬ずりをしている。その大きさは異様なほどに大きかった。私が遠近法を疑ったのは、間違いだったらしい。遠近法がおかしいのではなく、この犬の大きさがおかしいのだ。

「何で襲われてるアルか?それともそういうプレイアルか?近頃は電車でわざとそれっぽいことをするのも人気があるって銀ちゃんが言ってたヨ」
「いや友達でもないしそんな知識を教え込む大人は良くないと言うか…って、銀ちゃん?」
「そ、銀ちゃん。私神楽。万事屋ネ」

「銀ちゃん」というワードに、私は反応する。少女は鼻くそをほじりながら名を名乗った。その姿はあの銀髪の彼にそっくりだった。





top


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -