ランチセットが2つと、フライドポテトとコーヒー、そしてパフェ。テーブルの上に役者が揃う。沖田さんは皆で「いただきます」を言うよりも早くポテトに手を付けた。ケチャップを付けて、口に運ぶ。暫く咀嚼してから飲み込んで、大きな瞳で私を見た。

「あれェ、名前さん、食べないんですかィ」
「決めました。もう二度と沖田さんとは関わりません」

ランチセットのメインであるハンバーグが湯気だっている。いつもならすぐにでもナイフとフォークを手にとってかぶりつくのだが、私の胃は痛みきっていて、食べ物を入れる余裕などないようだった。

「そりゃ無理な話ですぜ。俺ら真選組、名前さんとは末永くお付き合いさせていただきやす」
「むぐっ」

情けない声が出た。沖田さんがポテトを私の口に突っ込んだのだった。それも一本ではなく、何本か束のように形を成したのである。ケチャップも付いていない、純粋な塩味が口の中に広がる。吐き出すわけにもいかず、黙ってポテトを噛んだ。

「なァに、おたくら、いつの間にかデキてんの?」

食器と食器がぶつかる甲高い音のあとに、男の低い声が耳に届いた。坂田さんはいつもの気だるそうな目をしながら、スプーンをパフェの容器の縁に当てていた。

「な、そんなわけないじゃないですか!」

私は無理矢理にポテトを飲み込んで、坂田さんの言うことを否定する。沖田さんとデキてる?彼とは先程出会ったばかりと言っても過言ではない関係なのだ。あり得ない。そう思っていると、「そうですぜ、俺らはそんな関係じゃありやせん」と、沖田さんも同じように否定した。やはり彼も、出会って早々の女と勘違いをされることは嫌らしい。私はミルクも砂糖も入れていないコーヒーを一口飲む。

「でも〇〇〇はしやした」
「ん゛ぶッ」

コーヒーは私の喉を通る前に、咥内へ逆流する。唇から漏れ出すことはなんとか阻止しようと、力を込める。ゆっくりと喉を通したが、その後に引っかかりを感じて、何度も咳き込む。苦味が強調されているようだ。

「沖田さん何言ってるんですか怖い最早怖いんだけど、ほんと何言ってんの?」
「へぇー、ナニ、身体だけ?嫌だねー、最近の若いモンは。そうやって後から後悔するのは自分らだからね、終わって虚しさだけ残るんだからね 」
「坂田さん、違いますから、妄言ですから」
「ひでぇや、俺が〇〇〇しようって誘ったら、名前さんも是非って。あつぅいのをシたでしょ」

ね?と沖田さんは小首を傾げた。その顔はモデルのように丹精で、あんなことを言われた後でなければ、かわいいとすら思ったかもしれない。〇〇〇をしたなど。そんな事実は一切なく、私が沖田さんとした事など手合わせくらいのものでありー…。そこまで考えて、思考回路が停止した。ただ屯所に居た時の映像を流すのみとなった。

ー名字さん、俺と一発〇〇〇でもどうですかィ
ー何言ってんのお前ェェェ!!!!
ーわかりました、沖田さん。是非〇〇〇しましょう
ーいや〇〇〇じゃねェェェェェ!!!

………………。
言ったな。言ったわ。是非って言ったわ。
そう気づいた瞬間に、とてつもない絶望感に襲われる。たまたま冗談のひとつとして受け流した言葉が、言質として利用されている。壊れかけの機械のような堅い動作で沖田さんに顔を向けると、彼は目を細めて、その口はきれいに弧を描いていた。

「えぇ?しましたよねェ、言いましたよねェ、是非〇〇〇しましょうっ、て」
「そ、れは…」
「言ったよな?」
「や、でも、あれは…」
「言えよ。沖田さんと〇〇〇しましたって」
「ぅ、うう…。…わ、私は沖田さんと〇〇〇をし、しま…」
「え?俺何見せつけられてんの?公然SM?知らないうちに名前が監獄に送られて調教されてンだけど?とんでもねー看守に目ェ付けられてんだけどォオ!!!」

がた、と大きな音を立てながら坂田さんは立ち上がった。感情をそのまま言葉に出しているようで、気迫があった。私はその気迫に身震いをしたが、隣の看守は熱心にハンバーグを切り分けていた。

「いやれふれぃだんなぁ、おらぁよそのぶたねとるしゅみはないですれぃ」

熱されたハンバーグは未だ熱いのか、彼の口の中で跳ねているようだった。呂律が回らない状態で沖田さんは喋る。モノを食べながら喋るな、あと平仮名で言う内容ではないだろ、それ。
あちち、と沖田さんは水を飲む。その様子に毒気が抜かれたのか、坂田さんはまた席に付いて、スプーンを手に取った。パフェの下層のコーンフレークをざりざりと突いている。

「で?なーんで見廻組のエリート様がこんなチンピラくんと一緒にいるワケ。…この間の続きか?」

この間、というのは見廻組と真選組が対立したあの事件のことを指しているのだろう。坂田さんと私が偶然にも屋上で出会ってしまい、私が腹を斬られたあの日。そう思い出して、今目の前に坂田さんがいる現実を改めて認識すると、途端に身体が冷えた。口は開くが、言葉が出てこない。自分を見つめる視線を感じる。けれど私は、その視線に応えることはできなかった。

「いや、それは解決したでしょう。名前さんは見廻組副長補佐、しかし今は真選組副長補佐として臨時で派遣されてるっつー状況でさァ」
「副長補佐ァ?しかも真選組って…ッチ」

気分が悪そうに坂田さんは舌打ちをした。真選組副長補佐、という名前から真選組副長、つまり土方さんのことを思い出したのだろう。町で出会ったときも、屋上で出会ったときも、何か話しているようだった。仲が良い様子には見えなかったのです、彼と坂田さんはなにか因縁めいたものがあるのかもしれない。

「土方さんも名前さんのことは認めてましてねィ、一生俺の側にいてくれと」

違いますよ!とか、何言ってるんですか、とか。もうツッコミを入れる余力がなかった。確かにそんなことを土方さんに言われた気もするが、あれは「一生俺の側にいて(総悟の始末書を片付けて)くれ」の意味合いであり、彼自身勢いに任せて口走ってしまったことだ。他意はないはずだ。

彼は、どう思っているのだろうか。私が土方さんに一見告白まがいのようなことを言われたと知って。嫉妬、とかしてくれるんだろうか。相変わらず俯くことしかできない。拳をテーブルの下で、誰にも見えないように握りしめた。

「へぇ」

坂田さんが相槌を打った。興味がなさそうな、平坦な声だった。

「いいんじゃねーの、ポリ公同士でよ。お前にはやっぱ、生来生真面目なヤツが似合うと思うぜ、俺は」

もう坂田さんは、私を見ていなかった。恐る恐る顔を上げれば、彼の目はパフェにしか向いていなかった。そのくせ、言葉だけは淡々と続ける。

「つーか、見廻組が、俺みてぇな元攘夷志士と一緒にいない方がいいんじゃねぇの。……見張りのお仕事は、もう終わったんだろ」
「そんなんじゃない!!!」

思わず、叫ぶ。店中の視線が集まったのを肌で感じるがそれも数秒のことで、すぐ視線は散り、喧騒が戻る。

「じゃあ、なに」

けれど坂田さんは依然として私を見つめていた。そこでようやく、私は彼と目を合わせることができた。彼の顔を見ることが出来た。

「なんで俺の側にいた?なんで俺に見廻組って言わなかったんだよ。…なんで俺を庇った」

怒っているような、悲しんでいるような、よくわからない表情だった。けれど少なくとも、眉と目の距離はいつもより近くて、険しさが滲んでいた。目は雄弁に私に問いかけているのに、口の端には生クリームがついていた。そのアンバランスさに、やはり坂田さんは坂田さんなのだと、感じてしまった。本当に、締まらない人だ。
ふわふわの天然パーマに、締りのない顔。ずっと金欠だし、ロクデナシと言われているし、たまにセクハラだってする。けれど、他人のために身を焦がせる人。素直じゃないだけで、誰よりも優しくて、雲のように自由な人。心があって、魂があって、すごく強い、侍の人。
私は、そんな貴方が、


「……帰ります」

私は残りのコーヒーを、味を楽しむこともなく飲み干して、立ち上がる。横に座る沖田さんに、正直に「どいて」と告げれば、思ったより素直に彼はどいた。何か言いたそうな顔をしていた気もするが、私はその顔をしっかりと見ることもなく、ファミレスから退店した。

外に出ると、風が吹いていた。いつもより風が直接身体に当たっているような感覚がした。無意識に腕をさすって、気づく。

「………上着忘れた」

私もどうして、締まらない人だ。




top


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -