昨日予想した通り、わたしに対する真選組の態度は粗悪なものだった。真選組屯所の門番として立っていた隊士たちは私を睨む。副長と沖田さんが一戦を交えたこともあり、此方が女だとか言うことも関係ない。期待をしていた訳でもないが。真選組側からすれば見廻組は敵視して当然の存在。佐々木鉄之助の件も含めれば尚更のことだろう。彼らの対応も不思議なことではない。チンピラに絡まれた、くらいの心持ちでいるのが最善だと私は結論付ける。

「あ、あー!なにやってんのお前らもう!」

真選組に来た理由を説明している最中、屯所の中から一人の男が此方に向かってきた。黒髪の柔和そうな男だった。

「いやぁ、すいません。話は通ってたはずなんですけど…。今、局長の所まで案内するので!」
「…いえ、特に問題は。ありがとうございます、山崎殿」

門番の隊士たちに一礼をして、私は山崎さんに付いて行こうと門を潜る。するととん、と何かにぶつかった。視界は黒色で、どうやら道を進んでいたと思っていた山崎さんが歩を止めていたらしい。彼の顔を見ればひどく驚いた顔をしていて、私は何か粗相をしたのかと不安がよぎる。

「な、名前…」
「…?あぁ、私は名字名前ですが」
「そーじゃなくて!俺の名前、覚えてたんですね…みたいな。は、はは!」

私は彼の言葉から、名乗らずにいた事が失礼に当たったのだと思い、自分の名前を伝えたのだが、どうやら彼の言葉の意味とは違ったらしい。山崎さん自身の名前を私が覚えていたことが不思議だったようで、不自然に笑っている。山崎さんとは以前廃ビルで邂逅している。状況が切迫していた上に暗い中、確かに良い状況とは言えなかったが、一度しっかりと名乗られれば流石に把握できる。忘れるほどに時が経過したわけでもない。その旨をそのまま伝えると、やはり彼は不自然そうに笑うのだった。「俺…もしかして地味顔って訳じゃないのかな…」とかなんとか、聞こえたような気がしたが、意味もわからなかったので私は特に反応することもなかった。



「いやァ、よく来てくれた!」

真選組屯所の一室。案内された先に居たのは真選組局長、近藤勲と真選組副長、土方十四郎。そして部屋の隅の方で悠々と構えているのは真選組一番隊隊長、沖田総悟である。この三人に、案内人である真選組監察、山崎退に私を加えて、計五人が一室の中に居た。

「近藤殿、土方殿、沖田殿。そして山崎殿。改めまして。見廻組より派遣されました、副長補佐である名字名前です。任の間、よろしくお願い致します」

皆に向かって、わたしは頭を下げる。何事も挨拶というものは重要だ。少しして顔を上げれば、近藤殿は相変わらず豪快に笑っていた。

「そんなに硬くしなさんな!殿とかそんな、いいしね!まぁ、仲良くやっていこう、な、トシ!」
「見廻組のエリート様がウチみてェなむさっ苦しい所に音を上げなきゃいいがな。…それも女とは」

近藤さん(本人の許可も降りたので、真選組に対してはさん付けで呼ぶことに統一した)は、噂通り豪快かつ軽快な方だった。ウチの局長とはまるで勝手が違うようで、非常に戸惑う。どちらが正しい上司の姿ということは無いだろうが、この真選組は多分プライベートも一緒に飲みとか行くタイプの職場だ。仕事の仲間がそのまま友達みたいな。私なんか副長と飲みに行ったことすらない。

早くも不安要素が考えられる中、土方さんは煙草に火をつけた。彼は私を見定めるように見ている。その瞳には警戒心がありありと映してあって、まぁそうですよねと私は納得する。彼も平然と座っているが、恐らくまだ一件の怪我も完治はしてないはずだ。退院こそすれ万全ではない。そんな状態にした相手の部下など、憎くて当然だ。

「女だなんだの、土方さんは器が小せェや。それともナニ、屯所に居る女にドキマギして仕事も出来ねェってか」
「テメェ総悟!!たたっ斬ってやろうか!!」

土方さんは煙を荒ぶらせながら刀を抜く。どうやらこのような光景は多々あるらしく、山崎さんが二人を止めている。私が副長に「斬る」とか言われながら刀を抜かれれば、ありとあらゆる謝罪方法で謝る所だが、沖田さんは素知らぬ顔をしている。すごいな、この人。

「名字さん、土方のヤローが何か言ってきたらコレを投げなせェ。フリスビーに飛び付く犬になるから」

いつの間にか沖田さんは私に近づいていた。彼は私の肩をぽん、と叩きながら懐に物を忍ばせる。チラリと見ればマヨネーズだった。マヨネーズ?…何度見てもマヨネーズだった。赤いキャップに黄味がかった白色が容器に詰められていた。何故こんなものが土方さん対策になるのかと思考を巡らせたが、全くわからなかった。しかし土方さんはマヨネーズを目にした瞬間、また目を血走らせ「俺のマヨネーズ!!総悟また盗りやがったな!!」と沖田さんを睨む。どうやら、単純にマヨネーズがとても好きらしい。

「あー、ゴホン、ウォッホン!お前らいい加減にしなさい!名字さんも困るだろう!」
「いえ…私は別に」

白熱しそうになる場を近藤さんが諌める。土方さんは舌打ちをしながら刀を収めた。

「ところで局長、名字さんにはどんな仕事を任せるんで?見廻組からの派遣ですし、変な仕事はさせられませんよ」

山崎さんの言葉に、近藤さんがううんと唸る。どうやら私の真選組内での処遇は未だに不確かなものらしい。私からすれば、言われたことは何でもやるつもりだし、正直気など使われるような存在ではないので、雑巾のようにこき使って構わないと思っている。

「私は別に、どんなものでも構いませんよ」
「しかしなぁ」

しかし、彼らはそうもいかないようで、うんうんと唸っている。どこかの隊に加えるだの、討ち入りに参加だのどうこうと話し合っている。私は自分の処遇に希望などないので、黙って行く末を見守る。

「いやいや、でも名字さんって副長補佐なんでしょ。副長補佐ってことは副長を補佐するってことだ」

そんな中、鶴の一声だと言わんばかりに沖田さんが言う。

「つまり土方さんの下に付かせれば解決でさァ」
「はァ!?」
「お、いいんじゃないか?結局雑務も溜まってるんだろ?」
「ちょっと待て、この前もそうやって鉄を…」

土方さんの下に付く、という提案に近藤さんは同意する。しかしやはり、渦中の土方さんはふざけるな、断ると否定的な言葉を次々に述べる。私も佐々木鉄之助が小姓としている以上、私などいらないのではと思ったが、どうやら彼はお茶くみやパシリなどをしている上に道場で稽古に勤しんでいるため、あまり雑務などの手伝いは出来ていないらしい。

「ッそもそも、見廻組なんかに任せられるかよ!」
「ちょっと副長…!」

言い合いの中、土方さんは吐き捨てるように言う。明らかに私に向けて言われた言葉であり、場が静まった。どうやら私の返答を待っているようだった。

「……まぁ、土方さんも見知らぬ女を懐に入れるのは嫌でしょう。しかも私のような能無しとなれば…」
「いや、能無しとは言ってないんだけど」
「わかってます。嵌められた男の部下など、更に嫌ですよね。しかも私、ほんと中途半端な野郎なので。土方さんのお役には立てないかと。ゴミクズなんで」
「いや言ってない言ってないィィ!何こいつ!見廻組のくせにネガティブなんだけど!!陰のエリートなんだけど!!」
「せんせぇー、土方くんが名字さん泣かせましたー」
「何ィイイ!トシ、あとで職員室まで来なさい!」
「いや職員室って何処だよ!!」

静まったと思った場が、また騒がしくなる。山崎さんは最早呆れ果てている。これが真選組か。見廻組とは正反対とも言えてしまうほどに、統制が取れていない。騒がしくて、突拍子もなくて、話がすぐに二転三転する。

その光景を見ていると、ぼんやりと、銀髪の彼が頭に浮かんだ。




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