いかなる時も冷静であれ。
幼い頃より言われてきた、親の教えの1つである。私はその教えに従って生きてきたし、見廻組に入隊してからは冷静冷血冷徹の塊のような副長の背中を見てきた。自分の剣の腕は副長や沖田さんのそれよりは勿論劣るけれど、現場を広く冷静に見れる所が自分の強みであるとさえ感じていた。

それが、どうだ。今は。
荒々しい呼吸にたっぷりの汗。刀を持つ手は震えているし、まともに型なんかとれやしない。

「さ、さか…た、さん」

見間違いであってほしかったけれど、残念ながら坂田銀時という人間を見間違うことは、彼に対する気持ちが許さなかった。
呆然と坂田さんを見る。彼は私の存在に気づいていない。私の横の、土方十四郎に向かって何かを喋っている。けれど私にはなんの会話をしているか理解は出来なかった。言葉は耳に入っているはずなのに、脳が理解を拒むのである。

なんで、なんで坂田さんがこんなとこに。攘夷浪士?好きにする?局長と話していた、土方十四郎と話している。佐々木鉄之助を守った。彼はなにをしている。何のためにここに?なぜ?どうして?私はどうする、坂田さんを助ける?けれど彼は見廻組に反している、斬らねば。斬る?私が坂田さんを?どうして?

頭の中に疑問符がぐるぐるとかけ巡る。
意識が異世界に飛ばされたような気分だった。自分がそこにいるのに、自分ではないような感覚。

しかし、私の意識を現実に引き戻したのは、それから直ぐだった。
とん、と坂田さんが、束縛された佐々木鉄之助を屋上から蹴り飛ばしたのである。どうして彼がそんな行動をおこしたのか、話に取り残された私には見当もつかなかったが、ひとつの生命が落ちる様はわたしの目に焼き付いた。スローモーションのように、ゆっくりと、しっかり。

坂田さんは、笑っていた。

いつの間にか横に土方十四郎の存在が無かった。彼は坂田と刃を交えようと駆け出した。坂田さんもそれに応えるように足を踏み出し、刀を握る手に力を入れた。

「人質確保ォォォ!!!」

どこからか、そんな声が聞こえた。私はそれを聞いて、人質、つまり佐々木鉄之助が生きていたという事実に、今までになく、心底安心したのだった。

上空に待機してたヘリコプターが、二人の男によって機能を停止させられる。瓦礫を刀で打ち飛ばすという反則技を軽々とやってのけたらしい。屋上が煙につつまれる。隣の人間も見えないような視界の悪さに、隊士たちの戸惑う声がだけが聞こえる。本来ならば、ここで私が皆を指揮して、場を仕切り直さなければならない。けれど今の私にそんなことをする気なんて起きなくて、ただ私は刀を持って立つだけの人形に成り下がる。

あーあ、人生で初めてお仕事サボっちゃった。

冷静を謳っていた私の頭はとうにキャパオーバーを起こしていて、つまるところ私はもうどうすればいいのかわからなくなってしまったのである。

煙の中で立ち竦むという、格好の餌食となった私に刃が向く。皮肉にも長年の戦で鍛えた本能は、私を斬ろうという意思を確かに捉えた。今から斬り返せば間に合うと本能は訴えるが、身体はついてこなかった。

斬られるのは必然。
私はせめて情けない自分を目に焼き付けてやろうと、瞼を閉じずにただ待った。

けれど、刃が私の身体を斬ることはなかった。

「…は?!お前………!!」

坂田さんだった。
刀は私の身体に触れるか触れまいかという距離で止まっていて、彼は私を見て目を見開いていた。さっきまでの私と、ちょっぴり似ているかもしれない。

「オイオイ、どーゆうこったよ、これァ。お前さん、献花のデリバリーでも始めたのか?」

坂田さんはいつものように私に冗談を投げかけたが、その姿勢には警戒がにじみ出ていた。坂田さんに少なからず敵視されているという事実に、泣きそうになってしまった。

白い制服を着た私では、彼とは一緒にいられないのだと、そう思った。

「…見廻組、副長補佐、名字名前と申します」
「…なるほどねェ。俺ァ目星付けられてたってことかよ」

違う、違うよ坂田さん。目星なんかつけてない。私は貴方の過去なんて本当に知らないし、道を歩いたのもご飯を食べたのも全部私がしたかったからやっていたことなんですよ。ずっとエリートとしての一本道をしか知らなかった私に、貴方がたくさん道があることを教えてくれたんでしょう。騙すつもりなんて、なかったんですよ。

ただ、坂田さんのことが、好きだったんですよ。

刀を握り直す。切っ先を坂田さんに向ける。私のその姿勢に、彼も同じように大勢を整えた。いや、彼は我流のようだから、整えたというには荒かったけれど。

とにかくそれは、男を想う、女としての名字名前が死んだ瞬間だった。


煙の中、坂田さんの背後が光る。
あれは、刀の光だ。煙に紛れた隊士だった。私と対峙している瞬間を好機として、坂田さんを斬ろうとしている。

坂田さんは多分、気づいていない。

彼の瞳には今、私しか映っていない。それは哀しい眼だったけれど、それでも私は、彼を独占出来たことを嬉しく思ってしまったのだった。

「…やっぱ、未練タラタラじゃん、わたし」

とん、と坂田さんの身体を押す。刀なんて落としてしまった。彼がいた場所に、私が立つ。

刀は、今更止まれない。

私が最後に見たのは、自分から咲く赤色と、坂田さんの瞳の赤だった。

こうして、見廻組としての名字名前も、共に死んだのである。





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