局長は私に心機一転という言葉を使ったが、私からすれば一転どころではなく五転くらいしていると思っている。局長にありのままに話さなかったのは、その五転した先が、局長にとってあまり良いものではないと思ったからだ。

名家という、縦の関係性が重視される社会に生まれた私にとって、より名家である佐々木家に尊敬の念を抱くのは当然のことであった。そしてその佐々木家の当主、佐々木異三郎という男、「三天の怪物」はその頂点であった。
彼は冷徹な人間だ。目的のためなら手段を選ばない。その何事にも揺らがない精神こそが、見廻組という組織を形作っている。どんな犠牲を払おうと、最終的には彼の掌の中で丸く収まっている。収まってしまう程の実力が、彼にはあるのだ。

私はそんな彼の背中をただただ追いかけていた。
信じるものは正義ではなく局長である。いや、局長は正義なのだから、私が信じるものは正義であると思っていた。仲間を犠牲にしようと、他人に罪を擦りつけるような真似をしようと、全ては見廻組のためだと。白い制服を着る私の心は、確かに真っ白だった。

しかし、ある日、あの日。

坂田銀時という人間と出会ってから、私の白は揺らいだ。

白一色の私に対して、坂田さんは何色なんだろうと考えると、きっと彼は彼の色など持っていないんだろうと思う。その色は他のあらゆる人から少しずつ作られていて、ぐちゃぐちゃに濁っているんだと。
けれど、その濁った色が私には光っているように見えたのだ。中高一貫男子校出身が共学大学に行ったら急に女子が現れて目を奪われる、みたいな。え?違う?

とにかく、坂田銀時の生き様を目にした私は、その姿にどうしようもなく「好き」という感情を抱いてしまったのである。
そして、「好き」という感情は人を変える。「恋は盲目」と言うべきか。
彼と一緒にかぶき町を見て、この世は白だけではないと知った。

人は「駒」などではなく、ただの人なのだと。

今の私はそう思う。
けれど、きっと「見廻組」としては、正しくない考えなのだとも思う。

見廻組が掲げる正義のためには、何者でも私は斬らなければならない。

今の私にそれが出来るのかがずっと不安だった。
人の温かさを、人の情を知ってしまった私。

白は一度濁れば白には戻れない。

例えば、正義のために親を斬れと言われれば。
例えば、正義のために友を斬れと言われれば。

例えば、正義のために想い人を斬れと言われれば。

果たして私は、斬ることができるのだろうか。


深夜、月が赤い。

「佐々木鉄之助が人質に取られるだなんて。知っていたんですか、局長」
「知恵空党とアレには関わりがあったようですが。いやあまさか私もこうなるとは、大変なことですよ、全く」

態とらしく局長は言う。

局長の弟、佐々木鉄之助が攘夷党である知恵空党に人質に取られた。見廻組副長の弟、そして真選組副長の小姓という立場を持つ彼を道具に、知恵空党は江戸の警察組織を同時に2つ潰す算段らしい。

だが、その算段には間違いがある。
局長が弟のために身を潰すようなことは万が一にもありえない。局長は恐らく、佐々木鉄之助と知恵空党の関係を知り尽くして、弟を釣り餌という道具にして、知恵空党を壊滅させるつもりだ。加えて、弟が死のうとも、その責任はその身を預かる真選組が負うことになる。つまり局長は、佐々木鉄之助という駒を利用して、二つの組織を潰そうとしているのだ。掌に収まっているのは、彼らの方だ。

「…弟を、見殺しに…」
「名前さん、貴方は信女さんと一緒に別働隊として早々に動いてください。後に奇襲隊と合流し、攘夷浪士どもを殲滅しなさい」

弟を見殺しにする、というのは正しいことなのだろうか。私は佐々木鉄之助のことを詳しく知っているわけではない。けれど、彼が真選組副長の小姓として心を改めたように働いている、という噂を聞いたことがある。彼は確かに落ちこぼれだけれど、彼は彼なりに居場所を見つけて、新たに生きようとしているのではないだろうかと、私は考えを巡らす。そんな人を見殺しにしてよいのか。そして、手を取り合うべき真選組すら壊滅させるような真似、本当にそれは、私が望んでいることなのだろうか。

「…わかりました」

最近、思い悩むことばかりだ。

坂田さんに会って、どうしたらよいか、相談したかった。きっと答えはくれないだろうけど、一緒に道を歩いてくれるかもしれない。

月を見ながら、私はただ坂田さんのことを想った。




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