以前より調査を進めていた知恵空党について、最終的な掃討の手はずが進んでいるらしい。潜入捜査を行うという計画に狂いはなく、現在、知恵空党にこちらの内通者足り得る人物を送り込んだと、局長は言った。

「一体、誰を内通者として送りこんだのですか?見廻組に、攘夷党に成り済ます真似は難しいと言っていたのは、局長ではありませんか」
「以前誤認逮捕してしまった、真選組のお友達の方ですよ。どうやら大層お金に困っていたようですから」

アドレス帳に名前が増えて嬉しいですよ、と局長は携帯から目を離さない。

「え!?攘夷党に一般人を送りこんだってことですか!?犯罪の片棒担がせるようなものですよ、危険そのものですよ!?」
「わかっていますよ。けれど、それはそれ、かの真選組のご友人。随分腕が立つようです」

潜入捜査ということは、もし向こうにこちらが見廻組の内通者ということが露見すれば、間違いなく命を狙われることになる。また逆に、情報を得ることができずみすみすと犯罪を見逃すような存在になれば、見廻組が断罪しなければならない。そのような危険な仕事に、一般人を送り込んだという局長の行動に、私は驚きを隠せなかった。

お金がないからって、そんなバイト感覚でやっていいことなのか?
局長は相変わらず画面に夢中でメールを打ち込んでいる。

「腕が立つって言っても、そんな危険な…」
「大丈夫。頻繁に連絡は取り合ってますから」

そこで局長は、ほら、と私に携帯の画面を見せる。
そこには局長の送信済みメールがずらりと並んでいた。「緊急連絡」と題名についているものも見かけられるが、恐らくはどうでもいい内容を送りつけているのだろう。真選組のご友人、沖田さんが「旦那」と呼んでいた人物に、私は同情した。知り合ったばかりのおじさんにギザウザスなメールを何通も送られてくるなんて、恐怖を感じる所業である。

「…わかりました、局長。それで、そのご友人の名前は何と?」

私はひとしきり同情の念を送った後、局長に尋ねる。見廻組の一員として、仕事の全体内容を把握するために、潜入捜査に勤しむ男の名前が知りたかった。今後の動きによっては、私もその人物と会う可能性があるかもしれない。そう思って私は尋ねたが、局長は私に視線を移し、

「貴方が気にするような人間ではありませんよ」

とだけ言った。

「そういうわけには…」
「いずれアドレス帳から消える名前。いちいち覚えたところでエリート脳の無駄遣いでしかありませんよ、名前さん」
「…それは」

アドレス帳から消える。

つまり局長は、どのような手法かはわからないが、最終的にはその男を始末する予定らしい。いや、局長の考えそうなことを考えると、恐らくは「始末される」予定だ。
いよいよ同情の域を超える感情を持ってしまう。お金欲しさにそんな危険な仕事を請け負ったのが運の尽きというべきか。いや、局長の駒となってしまった時点で、運などと言うものは元より存在しないのかもしれない。

「しかし、一般人なんですよね?それを…」
「名前さん」

局長は私を嗜めるように私の名前を呼ぶ。

「最近の貴方は、考え方が変わったのでしょうかね。以前までの貴方ならそりゃあ目を輝かせて私に迎合していたと思うんですが」
「それは盛ってると思うんですけど。私を冷酷非道な人間みたいに言わないでください。輝いてはいないです」
「メールの返信も短文になりました」
「何この人メンドくさっ!気にしてたの?『り』とか『おk』だけで返してたの気にしてたの?メールに対してどんだけ繊細なの!?」

ひいっ、と思わず私は悲鳴をあげる。
本当にこの局長はメール弁慶というか、日々の行動言動とメールの内容が釣り合っていないというか。

「何か、心機一転するようなことでもありましたか」
「!…いや、そんなことは、特には」

ご心配をかけたようで、申し訳ありません。と私は謝罪する。局長の言葉は私を見透かしているようで、背筋が凍るものだった。

局長はいいんですよ、と言って携帯を閉じた。

「部下のメンタル管理も、上司のお仕事ですから」






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