「忙しくなりそうですよ、名前さん。メールのチェックは怠らずに」

局長が言う。
私はわかりました、と頷き気合いを入れる。今現在、特に大きな案件を抱えている訳ではないが、これから大仕事が舞い込むということだろう。今の私は見廻組副長補佐であり、その仕事を完璧に遂行するのみである。

「…あれ、でも局長。問題だった弟さんは真選組に引き渡したんですよね」
「ええ。アレも真選組の中では何かこなせる役割があると思いまして。まあ期待はしていませんが」
「…そうだったんですね」

弟の名も呼ばず、無情に「アレ」と呼ぶ局長に、少し怯んでしまう。名門佐々木家から排出された落ちこぼれ。佐々木鉄之助、と言っただろうか。悪ガキとして真選組に送られた彼が、更正されて世に返り咲けることを私は祈ることしか出来ない。局長からすれば彼は弟でもなんでもない、ただの出来損ないなのだろう。私が意見したところで、何かが変わるなんてことはない。局長は、そういう人だ。

「市内巡回の範囲を広げます。真選組の縄張りに入るつもりはありませんが…助太刀できるようならするようにしてください。なにせ、ファンですから」
「は、はい。わかりました」

局長曰く、見廻組の制服は真選組の制服をモデルにして作ったらしい。その無表情からは本当に真選組のファンなのかは理解できないが、局長が真選組を気にしているのは確かだ。

「それでは、私も巡回に行ってきます。何かあればメールしますので」
「いや何もなくてもメールしますよね、局長は。…いってらっしゃいませ」

すぐに身支度を整え局長は出発した。私はその姿を見送ったあと、自分の仕事に取り掛かるために副長に声をかける。

「副長」
「…」
「局長にも伝えましたが、ここ最近江戸でなにやら幕府転覆を企む攘夷党についてです。これ、概要です」

クリップでまとめれた数枚の紙を副長に見せる。副長はその紙の表紙を見るだけで、受け取ろうとはしない。

「いらない」
「ええ…。折角まとめたのに…」
「私は斬るだけ」

副長は腰に刺さっている刀を触る。カチャ、と鳴くような音がして、私は書類を引っ込める。

「名前は斬るだけじゃない」
「褒められてるってことでいいんですかね…斬る以外も頑張ってね、みたいな」

私がそう言うと、副長はこくんと頷いた。あの局長にしてこの副長ありというか、二方ともほとんど表情が動かないため、何を考えているのか常にわからない。まあ、局長は結構お茶目なとこあるから、まだわかりやすいけれど。

「そういえば、局長が言ってた忙しくなるってなんのことでしょうね。この攘夷党だって、普通にこのままいけば問題なく掃討できると思うんですけど」

自分でまとめた書類を見る。「知恵空党」というふざけた名前の攘夷党について。テロ活動を行うという情報があり、見廻組は掃討に向け動いている。私も調査の一部には参加したし、準備が出来次第、知恵空党は副長の刀の錆になるのだろう。

「…異三郎の言う通りにするだけ」
「…そうですね。あとは、一網打尽に出来るチャンスを掴むだけですし」

大規模なテロを行うということは、それなりの人員を集める必要性がある。知恵空党の全体が一同に会する瞬間を狙う。局長はそのために潜入捜査が必要だと言っていたが、同時にエリートが滲み出ちゃうんですよね。とも言っていた。未だどうなるかはわからないが、解決するのも時間の問題のはずだ。

「名前」
「え?なんですか副長」
「斬る時に斬れなきゃ、ただのなまくら」

刀の手入れは、しといて。
副長はそう言って部屋を出て行った。局長のあとを追いかけたのか、別の仕事に向かったのかはわからないが、何かあればメールがくるはずだ。副長補佐が副長の仕事を把握していないのはどうかという意見があるところだが、副長は暗殺部隊出身だからか、なにかと暗躍をすることが多い。局長もその役割を理解しているのか、いつも「信女さんならうまくやっていますよ」と言うのみだ。だからわたしはいつも、副長が残した書類を片付けている。
けれど、副長が刀の手入れを薦めるなんて。
前線なんていつも副長1人で事足りている。そうならないような状況が、今後くるということだろうか。不安が少しよぎるが、自分なら大丈夫だと己を鼓舞する。
きっと局長の言う通り、忙しくなる。けれど頑張った先にはきっとご褒美がある。

江戸に新しくオープンした甘味屋があるらしい。

今度、坂田さんを誘ってみよう。




top


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -