「………」
「………」

にらめっこ、という遊びがある。
互いの顔を見て、笑ったほうが負け。

子供がよくやるその遊びに、大人になった今やることになるとは思わなかった。
私は眼前の女を見てそう思う。

「もっともこれは、にらめっこではなくメンチ切りでしょうが」
「メンチだがメンツだがケツだか知らないけれど、私のケツを叩いていいのは銀さんだけよ。貴方の出る幕はないのよ」
「言葉のアハ体験やめてくれます?それに貴方は自分のケツを自分で叩いては坂田さんに叩かれたとホラを吹いているだけでしょう。とんだ自慰行為ですよこの変態が」
「あー聞こえない!名前さん、貴方の蔑みなんて私の耳には届かないのよ。何故なら貴方も所詮Mだから。所詮は銀さんに嬲られることを望んでいる雌豚なのよ!」
「一緒にすんなァアア!!」

その後、あれ以上坂田さんと共にいることに後ろめたさを感じた私は、早々に帰路についた。坂田さんは拍子抜けしたような顔をしたあとに、じゃあな、とかぶき町に消えた。私はその姿を見送って、真選組にまた遭遇しないようにかぶき町から出た。

そして道のりをショートカットしようと、少し狭い路地に足を踏み入れた瞬間に事は起こった。
手裏剣が飛んできたのである。懐に忍ばせてあった短刀で弾き飛ばし、手裏剣が飛んできた方向、つまりは上空を見る。そこには太陽を隠すように降りてくる人の姿があり、私の目の前に着地する。

「相変わらずカマトトぶって銀さんに近づいているようね。名前さん」
「変態ストーカーとして近づくよりは5億倍マシだと思いますけれど」

猿飛あやめ。私の目の前に現れた女の名前である。私は彼女の詳しい経歴は知らない。しかし、風貌と戦闘の様子から忍の者というのは簡単に推測できる。権力を用い、彼女のことを調べることは容易だ。けれど私は無闇に彼女のことは調べない。
坂田さんのストーカー女。彼女に対する私の認識はそれだけで十分だからである。

「ドリームあるあるとしては私と貴方がなんだかんだ友達になったり、貴方の優しさにほだされたりしているみたいだけれど、私はそうじゃないわよ。私、貴方のこと普通に嫌いなのよ」
「ややこしいパラレルワールドの話しないでくれます?…まあ、私も意見には同感です。私も猿飛さんのこと嫌いですよ、坂田さんが毎日迷惑してるのがわかんないんですか?」
「あれは照れ隠しよ。私たちはもう熟年夫婦もオシドリ夫婦も超えて過激SMプレイでしか興奮できないの、マンネリを超えた究極地を毎日目指しているのよ!」

猿飛さんとの出会いは、私が坂田さんに職業を偽るよりも前の話である。
その日も今日のように、私は坂田さんに、頂いた食事券でご飯を食べていた。そして別れ、今のように帰路についていたところを襲われたのである。銀さんに近づく仇だのなんだの言われたときは正気を疑ったが、話をまとめると猿飛さんも私と同じく坂田さんを慕っているようであった。つまり私を恋のライバルとして襲ったということらしい。
ただの女なら放っておいた、とその時の彼女は言っていた。手裏剣を弾き飛ばすような私をただの女とは認められないのは、当然のことだ。それ以降、私と彼女は顔を合わせれば言い合いをする仲になっている。好きな男にまとわりつく女。互いの認識は多分、間違っていない。

「ところで名前さん」
「はあ?急になんですか」
「いつの間に花屋なんて始めたのね、私知らなかった」
「!それは…」

猿飛さんの鋭い言葉に、思わず怯む。この女、私と坂田さんの会話まで盗み聞きしていたのだろうか。本当に厄介なストーカーだ。彼女は、私が坂田さんについた嘘を知っているのだ。

「お情けで銀さんには言わないでおくけど、別に隠すようなことでもないじゃない。小さな嘘があとに引けなくなってるだけでしょうけど」
「猿飛さんに関係あります?花屋の方が可愛いかなって思っただけです」
「そう。ま、私と銀さんのは嘘も偽りもないまっさらな関係だから。心どころか身体もまっさらでまっさらなベッドで毎日を過ごしてるケドね。銀さんのまっさらを受け止めてるケドね」
「うるさっ!まっさら言われすぎてゲシュタルト崩壊起こしそうなんですけど!」

マジで何言ってるんだこの人。エリート街道を歩んできた私の人生の中では滅多に見ない変態である。早々に駆逐して坂田さんに安寧をもたらした方が絶対いい。猿飛さんは相変わらずうっとりとした顔をしていて、妄想にふけっていることがうかがえる。しかし、私と視線が合ったその瞬間に、一瞬だけ、見透かしたような顔をした。

「スイッチの切り替えはしっかりすることね」

猿飛さんはそう言うと、あっちから銀さんの匂いがする!と一瞬で姿を消した。風だけが残る空間に、私は大きくため息をはく。つまり猿飛さんは、公私混合をするなと言いたいのだろう。

そんなことは、私が一番よくわかっているとも。




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