「美味しかったですね」

暫く歩いた先で見つけた定食屋は、甘味のメニューも豊富で、お昼時にはぴったりのお店だった。坂田さんも満足したようで膨れたお腹をさすっている。その動作も可愛く見えて、私は本当にこの人に甘いのだと思う。

「あー、食った食った」
「ありがとうございます」
「いや礼を言うのは俺の方だろ。なんだかんだお前には奢られてばっかだな…ん?俺もしかしてヒモみたいになってね?主人公としてやっちゃいけないバンジージャンプしようとしてねえ?」
「頂き物ですから。…それに、仕事から離れてお話しとか出来る人、あんまりいないんです。だから、坂田さんさえ良ければ…また、その…」

また一緒にご飯、食べてくれませんか。
そう言おうとした私だが、やはり自分からデートに誘うような真似、なかなか出来ない。言い淀む私を坂田さんはただ見つめる。

「名前ー」
「オイ」

私の名前を呼ぶ声と、前方から別の声がしたのは同時だった。坂田さんと私の見つめる先には一人の男がいて、その男が着ている服は、私が毎日見慣れている制服であった。ただし、色が白ではなく、黒の。

「オイオイ、飯後にグロ画像見せんじゃねえよ」
「誰がグロ画像だ!!」

真選組。

それもその男はただの隊士ではない。
土方十四郎。真選組の鬼の副長と恐れられている男その人であった。私は思わず坂田さんの後ろに隠れる。土方十四郎と面と向かって話したことはない。けれど、同じ江戸に住まう警察の身。どこかで見かけたことくらいはあるかもしれない。私が土方十四郎を知っているように、彼も私を知っているかもしれない。副長に比べ前線に立つことはないにせよ、可能性は十分にあった。バレてしまえば、見廻組の印象が悪くなるかもしれない。

「てめえンとこのチャイナがまた総悟とやりあってンだ。引き取りに…ん?お前は…」
「!」

存在に気づかれた。
今日は焦ることが多い。仕事で焦ることなんか早々ないのに。ここで土方十四郎に私の存在が、私の職業がバレれば、それはつまり坂田さんに私の本当の職業がバレてしまうということだった。警察と反りが合わないのは本当らしく、坂田さんは土方十四郎を睨むように立っていた。こんな状態でバレてしまえば、嘘が発覚してしまえば、きっと坂田さんに嫌われる。思わず、坂田さんの着物の袖を掴む。

「お前…どっかで見たような…」
「あーちょっと、事務所通してくれます?」
「は?」
「え…」

私を見て訝しむ土方十四郎に対して、坂田さんは私を隠すよう腕を伸ばして立つ。

「わっかんねえかな、俺らいまデート中なんだよね。神楽には晩飯までには帰れって伝えとけ。金ないから晩飯ねーけど」
「は?デートだァ?!」

そうそう、と言う坂田さんはいつも通りの声色だった。土方十四郎は暫く考え込んで、ッチと舌打ちをした。これ以上は諦めたのか、踵を返して歩き始めた。

「オイ、そこの女」
「…」
「そいつはやめとけ、とんでもねえロクデナシだ」

去り際に言われた台詞に、坂田さんは中指を突き立てていた。少しして黒い後ろ姿が見えなくなった辺りで、私は坂田さんの横に並ぶ。

「あの…」
「余計だったか?…なんか見つかりたくねェみたいな感じだったからよ」

見つかりたくないのは本当だったが、私は見つかるべきだったのかもしれない。見つかって、坂田さんに謝るべきだったのかもしれない。私は坂田さんの顔が見れなくて、視線を逸らす。そうしていると、頭の上に手のひらが乗せられる。その手はさっき私の手を掴んだ暖かい手であり、そのまま私の頭を撫でる。

「ま、お互いポリ公には困りもんってことだな」

坂田さんの言葉に、そうですね、と曖昧に笑って返す。
本当に、ポリ公というものには困らせられる。

いっそのこと、本当に花屋にでもなったほうが、私は幸せになれるのだろうか。




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