1人でかぶき町にくる日は、必ず非番の日だ。

かぶき町は縦横無尽な町であり、それを統制するための警察組織も不可欠である。しかし、その組織というのは見廻組ではない。

真選組。

見廻組と同じく江戸を護る警察組織。やっていることは見廻組とそう変わりないらしいが、向こうの組織の構成はならず者の集団。構成のほとんどが名門一家の出である見廻組とは、同じ警察でありながら真逆の存在である。ゴミが集まって燃えているような集団、と比喩したのは局長であったか。見廻組と真選組は仲が良い、とは言えない。局長を初めに隊士たちも真選組のことを下人と蔑み、見下している。同じように、聞く所によれば真選組も我々をただのボンボン、親の七光りだと馬鹿にしているらしい。
私としては、同じ警察なのだから共に江戸を護るべきだと思うのだが、きっと局長からしたら私のそんなところが情に弱い、心が青いのだと言いたいのだろう。私だってそんなことはわかっている。目的が一致しているだけでは、組織は手と手を握れない。子供の頃には知り得ない複雑な事情が、いつだって渦巻いているのだ。

白と黒は相容れない。

そんな状態の中で、真選組が取り締まるかぶき町に見廻組である私が堂々と歩くことは、あまり良い体裁ではないのだ。真選組からすれば、自分の縄張りによそ者が徘徊しているようなものだ。

「あ、坂田さん。こんにちは」

だから私は、坂田さんに会いにかぶき町に来る日は必ず非番の日にしている。見廻組ではなく、一人の女として。

「……」
「…坂田さん?」
「………ッハ!やべえ空腹で幻覚が見えたのかと思ったぜ」
「いやですね、私は幻覚なんかじゃありませんよ」
「マジで?じゃあ俺がさっきスったのも幻覚かな。幻覚だよね。幻覚って言ってくれよオイ300円あげるからァア!」
「現実です」

私がそう言うと坂田さんはうめき声をあげながらその場に崩れ込んだ。どうやら空腹の果てにパチンコに希望を託したものの、見事に大敗してしまったらしい。地面に蹲るその姿は私が今まで見てきたどの人間よりもみっともない行動ではあったが、どの人間よりも愛しさを感じる姿だった。

「幻覚は見せれないですけど、ひとときの夢くらいは見せれるかもしれませんよ」

私は財布から一枚の紙切れを取り出す。「お食事券」とかかれたそれを見た瞬間、坂田さんは飛び起きる。

「頂いたんですけど、1人で行くのも使い切れませんし、味気ないですし。よかったらどうですか」

嘘だ。この食事券は自分で用意したものである。また1つ、坂田さんに嘘をついてしまったと、私は心を痛みつける。

「マッマジでかァア!!名前お前ッ…!!いいんか!ほんとにいいんか!!嘘って言ってももう取り消さねェからな!俺割と重いから!一度掴んだらもう離さねェから!」
「っへ!?さささ坂田さん!て、手!!」

がしっと坂田さんが私の手を掴む。先ほどまでの私の心など知らず坂田さんの目は輝き、ご飯を食べれることのありがたさを語っている。

「昨日の依頼が神楽のせいでおじゃんになってよぉ。とうとう草食う羽目になるんじゃねェかと」
「そうなんですか!あの!手!」
「あ、悪い」

私に指摘され、坂田さんは手を離す。自分で言っておきながら名残惜しさを感じてしまう。けれど、これ以上手を握りなんてされたら、私は燃えて消えてしまうのではないかと思った。ウン、今日はもう手洗わない。温もりを残す手を眺めながら私は決意した。

「多分、江戸ならどこでも使えるとは思うんですけど、坂田さん何か食べたいものとかありますか?」
「んー、デザートが美味ェとこ」
「ううん、私もそれはあまり詳しくはないですねぇ。歩きながら探しましょうか」
「おう」

坂田さんと私は歩き出す。
本当は江戸中の甘味の美味しいところなど、全て調べつくしており、坂田さんが何を食べたいかによってルート分けすら済んでいるのだが、坂田さんと少しでも道を歩きたいがために私は嘘をつく。

「そういやお前、花屋だっけ?どこに店あるわけ?」
「エ」

給料入ったら一本でも買ってやるよ、と言う坂田さんに私は冷や汗が流れる。花屋という咄嗟についた嘘について質問されるなど思いもよらなかった。どうしよう。なんとかまた嘘をついて誤魔化すしか方法はない。私は見廻組副長補佐として日々動かしている頭を全力稼働させる。

「か、かぶき町の外なんですけど…あまりオススメはしないです!ほんと!来ないほうがいいです!やばいんで!」
「やばいって何が」
「客層が悪くてェ、か、怪人みたいな人が来るっていうか…」
「!…オイオイそれってあれ?ピッコロ的な色のやつか?ピッコロの色してピッコロも土下座しちまうようなアレなのか!?」
「そうです、アレです!アレがほんと、常連です。ランチタイムとかやばいです!」
「ラッランチタイム!?!?ッランチって、お前それ食われてんだろォオ!!無事か!?お前はそれで無事なのか!?」

なんだかよくわからないが、坂田さんはお前がそう言うなら、やめとくわと顔を青ざめながら言った。ピッコロ的な色のアレに関しては私は少しも理解できなかったが、どうやら誤魔化すことは成功したようで、私はふうと息を吐いた。




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