「銀さん」は「銀さん」ではなく、坂田銀時という名前らしい。
銀髪を持つ彼にお似合いのお名前だなあと思う。名は体を表す、という言葉はどうやら本当のようだ。
そこでふと、パー子さんはどんな名前なんだろうと考える。流石にパー子という名が本名とは考えにくい。いわゆる源氏名というもののはずだ。そもそも、何でパー子なんだろう。本名にパの文字が入っていたりするのだろうか。
うーんと考え込む。すると、真横から視線を感じる。この視線は、たまに団子屋で働いているときに感じるものと同じだ。

「あ、すいません、坂田さん…」
「いや、別にいいんだけどよぉ」

私はそこで、自分がいかに失礼なことをしていたのかと後悔する。そりゃあ、相手をしてくれるはずの女の子が考えに耽っていたら、視線を向けるのも当然だ。すいません、ともう一度謝ると坂田さんはいいって、とグラスに入っていたお酒を一口飲んだ。

「で?団子屋の名前ちゃんはなーんでこんなトコで働いてんのよ。アレか?やっぱ金か?確かに団子屋の親父は金にうるせえからなあ、安月給に耐えられなくなったか」
「ち、違いますよ!」

とんでもないことを言う坂田さんに、私は思わず声を張り上げる。団子屋のおじさんとおばさんは何も悪くない。寧ろ私にとてもよくしてくれている。毎日感謝を述べても足らないくらいだと伝えると、坂田さんは納得していないような顔をする。

「ああ?じゃあ何よ、持て余した身体を発散させてんのか。初そうに見えて、やることやってるってか。なかなかやるじゃねーの」
「余計に違いますー!」

追い打ちをかけるような言葉をつらつらと述べる彼に、私はひたすら違います、違いますと否定の言葉を並べた。

「なんていうか…人を探してるんです」

少しして落ち着きを取り戻した私は、働き始めた本当の理由を述べる。人ォ?と坂田さんは眉を動かした。

「そうです。その人の職場に行っても、なかなか会えなくて。けど多分、かぶき町にいると思うんです。だから、偶然会えたりしないかなって…」

視線を伏せる。自分で喋っていても、よくわからない内容だとは思う。坂田さんもさっきまでの勢いもどこに行ったのやら、考え込むように黙っている。
よくよく考えてみれば、私の働き始めた理由はストーカーと思われてもおかしくない。会いたいので来ちゃった、が通じるのはそれなりの関係性が両者の中にあるからこそで、未熟な関係で行うことではない。ストーカーというのは非常に厄介で、先程までお妙ちゃんにぼこぼこにされていた男のような人だ。彼のことは詳しく知らないけど、最終的にいつも半殺し…いやもう死んでる?と言ったような状態になっているのを見かける。つまりストーカーは罰せられる存在なのである。そんな存在だと坂田さんに思われてしまったのかもしれないとハッとした私は、また違うんですと繰り返す。

「あ、あとはその。男の人があんまり得意じゃなくて…だからその、克服的な…」

たどたどしい言い方に、余計に怪しさが増してしまったかもしれない。私のこめかみに冷や汗が流れる。しかし、坂田さんはそんな私に気づいていないようで、ただ変わらずお酒を飲んで

「探してやろうか?」

と言った。

「探す?」

なんのことのないように言われた言葉に、私は驚く。

「そ。ガキのお守りだろうが屋根の修理だろうか人探しだろうが何でもござれ。万事屋銀ちゃんとは俺のことだぜ」

坂田さんは酔いが回り始めているのか、おぼつかない様子で自身の懐をまさぐる。暫くごそごそとしてから、1枚の紙を取り出した。ほい、と私に差し出されたそれはどうやら名刺のようで、「万事屋銀ちゃん」「坂田銀時」と書かれていた。それに加えて左端に小さく住所も記載されている。手書きで書いたと思われる名刺に不思議な気持ちを抱く私に構わず、坂田さんは話を続ける。

「ま、何でも屋っつーことだよ。団子のツケ分くらいはサービスしてやんよ」
「そ、そうですか…なるほど。ツケは知りませんけど」

「万事屋銀ちゃん」。そう言えば、かぶき町を歩いているときに見かけたことがあるかもしれない。2階の看板なんて顔を上げなきゃ目に入らないから、恐らく頻繁に見ていた訳ではないだろうが。名刺をまじまじと見つめる私に気を良くしたのか、坂田さんはまあ任しとけって、と自信があるように言う。どうやら坂田さんは江戸の町ではそこそこの有名人らしくて、至るところに知人や友人がいるようだった。団子屋のおじさんもその一人だろうし、「すまいる」の皆も坂田さんのことは知っているようだった。
頼んでみようかな、と私は呟く。
江戸に存在感などほぼない私が、偶然を信じてかぶき町を歩くくらいなら、坂田さんに探してもらってさっさとお礼を言ってしまったほうが良いような気もしたからだ。

「おうよ。で、どこのどいつだ?まさかホストとかじゃねーだろうな。それならお前、見つけねえ方がいいんじゃねえの、お前みたいな何にも知らなそうな女がいっちばんカモだからね。ほんとに」
「う。いや、ホスト…ではないんですけど」
「うん」
「かまっ娘倶楽部、っていうお店で出会った方なんですけど…」
「…うん?」
「こう、坂田さんみたいな銀髪で、2つに結んでいて…」
「………うんん?」
「パー子さんって言うんですけど」
「カハッ!!!!」

お願いできます?と言おうと横を向くと、そこには口から血を吐いている坂田さんがいた。

「え!!??!坂田さん!!?どうしたんですか!!??」
「い゛やいや、何でもねえよ!!」
「何でもなくないですよ!血!血を!」
「コレ赤ワインだから、俺という中で熟成された年モノワインだからァァ!!」

先程までの自信有りげな態度はどこやら、酷く取り乱す坂田さんに私も動揺してしまう。

「え?え?…あ!もしかしてパー子さんとお知り合いだったりするんですか?天パの!」
「天パの知り合いって何だァァ!たまにハッキリ言うよねお前!」
「えーと、あ、じゃあご兄弟とか!?」
「人類なんて皆兄弟だろ!このかぶき町では兄弟なんて珍しくもなんともないからね!どいつもこいつもどこかの穴で繋がってるからね!」
「それただの穴兄弟ですよね!?」

私と坂田さんの会話はひどく大きい声で行われていたようで、店内に筒抜けの状態だった。穴兄弟…名前ちゃんが穴兄弟って…とヒソヒソと行われる会話が耳に入った瞬間、私は恥ずかしくなってそれ以上喋るのをやめる。坂田さんに乗せられて思わずはしたないことを口走ってしまった。私は大きく咳払いをして、どうにか恥ずかしい気持ちを誤魔化すのであった。





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