気づけば朝だった。
目が覚めた私は畳の上に転がるように寝ていて、薄い布団が一枚かけられていた。座卓の上の空き瓶や空皿は綺麗に片付けられていた。
身に覚えのない場所にきょろきょろとあたりを見回して、気づいた。

ー飲み過ぎてそのまま寝たのか…!

 最悪だ。
店にとんでもない迷惑をかけてしまった。ぶわっと身体から汗が流れる感覚がする。
そんな状態の私に声をかけてくれたのは、ここの店主だった。

「あらァ、起きた?」
「す、すいませんンン!!酔い潰れちゃって!!ほんとすいませんンン!!う、頭痛い…!」

マドマーゼル西郷と名乗った人物に、私はとにかく謝った。とにかく誠意を込めようと、朝一番に声を張り上げると、頭がずきりと痛んだ。間違いなく二日酔いだ。

「いいのよ、別に。最終的にそこの天然パーマがアナタに飲ませすぎたのよ」

苦しむ私にお水を差し出す西郷さんは、私の横を見る。そこには先ほどの私と同じように、畳に転がっているパー子さんがいた。一升瓶を抱きしめながら寝ていて、思わず笑ってしまう。

「いやあ、本当申し訳ないです…支払いこれでお願いします」
「ハァイ。ところで。…もう9時過ぎてるけど大丈夫だったの?」
「あ…!」

お札片手にウインクをする西郷さんは、なんというか歴戦の猛者の風格を感じるというか、ちょっとのことでは動じない貫禄があった。客1人が店で寝過ごすくらい、彼…彼女にとってはささいなことなのだろう。
その態度にほっと安心したのもつかの間、西郷さんに言われ時計を見れば時刻は確かに始業時間を過ぎていて、また身体から汗が吹き出るのを感じる。

プルルル…

 懐の携帯電話が鳴る。私はその音と振動に連動するように、身体を震わす。そっと取り出した携帯電話の画面には、上司の名前が表示されていた。間違いなく遅刻をした私に対する、お叱りの電話だろう。

「ど、どーしよう…」

無情にもコール音は鳴り響く。西郷さんはいつの間にか店の奥に消えてしまっていた。

「ン゛ァ…」

孤独な空間に、低いうなり声が響いた。
パー子さんだ。
呑気そうに寝るその人に、私は昨晩のことを思い出す。

ー自由に、生きたいです。

そうだ。私は自由に生きたいのではなかったか。
携帯電話を握りしめて、大きく息を吸って、吐く。意を決して通話ボタンを押す。

「名字か?!とっくに会社は始まってるぞ!!お前、社会人として遅刻なんてー「退職させていただきます!」」

上司の言葉を遮って私は言う。

「もう会社には行きません、お世話になりました!」
「は?お前ー」

ブツッ。
何も聞かずに通話を終了させて、そのまま携帯電話の電源を切った。私の呼吸は荒くて、西郷さんがくれたお水を飲み干す。

「よくできました」

ぽん、と頭の上に手を置かれた。
振り向けば口元を押さえて苦しそうな顔をするパー子さんがいた。

「やりゃあ出来んじゃねえか…うっぷ。あこれやべーな。マジで今回はやべーよ。K点超えたなこれ」

吐くなら便器に吐けェ!!という西郷さんの声が店の奥から聞こえる。パー子さんは私の頭を少しだけ撫でて、その後苦しそうに立ち上がった。

「じゃーな。いい再就職先見つけろよ」

パー子さんはそう言うとおぼつかない足取りでトイレに向かう。その後ろ姿に私は返事をする。

「はい!」

二日酔いで頭が酷く痛いはずなのに、私は久々に全力で笑った気がした。





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