「ここは江戸だぜ、職なんて腐るほどあらぁ」
「そ、そうですかね…」
「どっかの看板娘でも目指せよ。だいじょーぶ。娘は顔だけじゃねえ、大切なのは奉仕の心と愛想と…あとあれ、ナース服」
「それ何の看板娘?病院か?病院なの?病院じゃないならおのずと答えは一つになりますけど?」
「とにかくここはムチャクチャな街なんだ。無職の人間が1人増えたとこで街も会社も変わったりしねーよ」
腕を組んでうんうんと頷きながらパー子さんに、ふふ、と少し笑ってしまう。言っていることはふざけているが、その人柄に自然と怒りは感じなかった。
「ふふ、おもしろい人ですね、パー子さんは」
「おー…。初めて笑ったトコ見たわ」
気づけば涙は引っ込んでいた。パー子さんは日本酒を飲みながら私を見つめる。さっきまでは死んだ魚のような目だと思っていたが、こう改めて見ると、優しい目をしていると思う。
そこでふと、私とパー子さんの距離がなかなかに近いことに気づいた。思わずずざ、と後ずさりをする。
いや、パー子さんがオカマなのは理解してるんだけど。
ただ、パー子さんは他の人と違って、喋り方も一人称もほとんど男の人の変わりない。今だって胡座で座っているし。どうしても男の人という意識が働いてしまう。ろくに人間関係を築いてこなかった私は、友達もいなければもちろん彼氏なんてものもいないのだ。
つまり、男性耐性が低いのだ。
「あ?どうした?」
「い、いや…」
そんな私の心など知らずに、パー子さんは顔を私に近づける。よく見れば、顔が少し赤らんでいて、私ほどでないにせよ酔いが回っていると推測できた。
「ま。いいけどよ。じゃー飲むぞ!大抵は飲めば忘れられるんだよ!!忘れられなくても翌日には胃から出るしなァ!」
「それ吐いてる吐いてる!!」
調子が良くなってきたのか、肩に腕を回される。必然的に、距離もまた近くなって、鼓動がはやまる。顔は元から赤かったから、あまり変化はないはずだ。
私は誤魔化すようにビール瓶の栓をあける。
「お、いいねえ」
「の、飲みます!そうです、飲みましょう!パー子さんもなんでも飲んでもいいです!貯金はあるんで!いくらでも奢ります」
「え、マジ!?ヒャッホーイ!!オーイママァ!!アタシ今日は張り切っちゃうわよォオ!!」
私の言葉にパー子さんは店中に響きわたるような声で叫ぶ。ほどほどにしなさいよォ!!という声が聞こえた気がしたが、パー子さんは構わず次々に酒を開けていった。私も空のグラスに酒を注いだ。
それ以上のことは、もう覚えていない。
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