横断歩道を渡ろうとした瞬間に、信号が点滅をはじめた。

 点滅している以上、信号を渡るなら小走りで渡るべきだとは思う。
のそのそと歩いている途中で信号が赤になれば信号待ちしている車に迷惑がかかる。小走りすらしたくない今の私には、おとなしくまた信号が青になるのを待つことしかできない。
走ったりなんてしたらほんと、出血が半端ないことになるからね。

 ふう、と息を吐いて近くの電柱に寄りかかる。どこかに体重を預けている方が身体が楽なのだ。屯所を出た時には大活躍をしていたカイロも、その暖かさに身体が慣れてしまったのか、あまり意味を為さなくなってしまった。下腹部の痛みは見事に舞い戻ってきたのである。
ぼんやりと道を走るたくさんの車を見る。特に意味はないし、痛みから気がそれるわけでもない。
 しかし数秒そうしていると、目の前に白いスクーターが停まった。

「あれえ、名字じゃねえの。本日の税金搾取のお仕事はどうした?」
「万事屋さん…」

 車輪の部分にデカデカと「銀」と書かれた白いスクーター。それに引けを取らない真っ白な頭を持つ男はかぶき町で万事屋を営んでいる坂田銀時さんだ。
副長と顔を合わせるたびに喧嘩をしているような男だが、私に話しかける目の前の男は眉と目が離れて死んだ魚のような目をしていて、覇気なんてものは感じられない。むしろこうしてわざわざ停車して話しかけてくるくらいだ。副長ほど私のことは嫌っていないのかもしれない。

「オイお前大丈夫か?めちゃくちゃ顔色わりーぞ。マヨか?マヨ吸っちまったのか?」
「いやマヨ吸うってなに…」

 私のことを心配しているのかしていないのかわからないような軽い口調で万事屋さんは私に喋りかける。しかし今の私にはキレの良いツッコミをする元気もなく、小さな声で当たり前のことを言うことしかできなかった。
 そんな状態の私を見かねてか、万事屋さんは私の顔の目の前で手を振る。

「マジで大丈夫かよ」
「…大丈夫じゃないから、薬を買いに向かってるんです…」

 私の覇気のない言葉に万事屋さんはああそうなの、と言いながら手を振るのをやめる。そして、少し考えるような様子を見せたあと、

「じゃあ乗ってけば?」

と自分のスクーターの後方を指差した。

「え」

 その言葉に私は驚く。まさかこの男、私を薬局まで送り届けるつもりなのだろうか。

「何?…お前具合悪いんだろ?」

 きょとんとしている私に万事屋さんがヘルメットを投げる。
いつも万事屋さんが着用しているそれは私には少し大きいように思えた。

「……万事屋さんて優しいんですか?」
「はあ?何勘違いしてんのか知らねーけど、俺ァ青白い顔してる女放って玉打つほどクズじゃねェよ」

ーパチンコ行くつもりだったんだ、この人。

 平日の昼間から堂々とパチンコに行くその姿勢はダメな大人そのものだが、具合の悪い人間を放っておかない優しさがあるところは、副長と似ているのかもしれない。
いつも副長と喧嘩をしているのも、実は2人が似ているからこその同族嫌悪なのではないかと思った。

「早く乗れよ」

 万事屋さんの中では私を乗せることは決まっているのか、スペースを空けてくれている。

「いやでも、わたし今二日酔いなんで…」
「…ほんとに警察?」
 至極当たり前な指摘をされ、既に不安定な状態の私の精神がさらに崩れる。
すいません、と私は謝る。

「まー歩くよかマシだろ。目ェ瞑って掴まってれば揺れも感じねェよ」

 いいから早く乗れ、と彼はスクーターのエンジンをかける。ヘルメットを受け取ってしまった以上、もう乗るしか道はないように思えた。それに、折角の万事屋さんの厚意を無下にするのも申し訳ない。
私はヘルメットを被りスクーターの後部に座る。

「薬局ならどこでもいいわけ?」
「大江戸病院の近くのとこがいいです。あそこ広いんで」
「りょーかい」

 スクーターが走り出す。
ぎゅ、と目の前の男の腰を掴む。しっかりと目も瞑る。後ろから抱きしめているような体勢になっていることは否めないが、揺れを感じないようにするためには仕方のないことだ。
そもそも、万事屋さん相手にやましい気持ちなど抱くわけもない。

「…あのよぉ」
「はい?」
「…いつもサラシとか巻いてます?」
「は」

私はやましい気持ちなんてものはなかったが、この男は違ったらしい。
初めてニケツした男子高校生か。私は抱きしめるというより締め上げるくらいの強さで万事屋さんに掴まる。

頭上から悲鳴と謝罪が聞こえている気がするが、きっと気のせいだろう。




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