月がきれいに見えた。
今日は朝からずっと天気が良くて、月も意気揚々とその存在を示すことができるのだ。

「ありがとう、銀さん。送ってくれて」
「ま、気にすんな」

 平屋の一室の前にスクーターが止まる。
私は被っていたヘルメットを外して、スクーターから降りる。

 先程まで、私は万事屋で晩御飯を食べにお邪魔していた。新八くんや神楽ちゃんを含めた万事屋メンバーと食べるご飯は、一人で食べるよりも美味しく感じられる。家族のような暖かさを持つその空間が私は大好きだった。

「また行ってもいいかな」
「おー、あいつらも喜ぶぜ」

 銀さんのその言葉が嬉しくて、私は自然と顔が綻ぶ。
そんな私を見て、彼も満足そうに笑った。

そして少し間を置いた後に、

「つか、彼女が彼氏の家に来ても問題はねーだろ。通い妻…的な?」

と言った。
私はその言葉に、綻んだ顔を破顔させる。

 銀さんと私は、お付き合いをしている。

想いを寄せていた銀さんと晴れて結ばれることになった私は、幸せで満ち足りている毎日ではある。だが、お世辞にも恋愛経験豊富とは言えない私にとって、銀さんとイチャイチャするだとか、恋人らしい行動をするというのは、未だに照れてしまう節があった。だから、こう面と向かって彼女と言われてしまうと、どうしたらいいかわからず赤面するだけになってしまう。

「な…」
「ん、どうした?顔赤ぇぞ」

銀さんはいつもそんな私をみて意地悪そうに笑う。
銀さんだって素直なタイプではないから、愛の言葉を囁く時には決まりが悪そうにしていたくせに、自分以上に照れている人を虐めることはしたいらしい。

「ほれ名前、お別れのちゅーしてみ。銀さんまた明日ねってよ」

とんとん、と自分の頬を突く銀さんは、間違いなく私の反応を楽しんでいる。Sの称号は伊達ではない。

「し、しないし!」
「ンだよ」

 顔を真っ赤にして言う私に、銀さんは少し残念そうな顔をする。しかし、元々私がそんなことができる人間だとは思っていないようで、早々に話を切り上げた。
じゃあな、腹冷やすなよ。とスクーターに座り直す銀さんは、このまま帰る気のようだ。きっとすぐにエンジンをかけて、かぶき町に帰っていくのだろう。

「…」

私はなんだかそれが、途端に名残惜しくなってしまう。先程までの団欒のせいか、一人でいることに寂しさを感じるようになってしまっていた。私は顔を赤らめたまま、銀さんに話かける。

「銀さん、これ、ヘルメット」
「おう」
「あの…なんかここ、欠けてない?」
「は?マジかよ!おいおいどこだよ。アレか?この前ジャンプ買いに行ったときに電柱に突っ込んだからか?」

手に持っていたヘルメットを銀さんの胸に押し付ける。銀さんはそれを両手で持って、ヘルメットの破損部分を探す。ぶつぶつとひとりごとのようなことを言いながら一心にヘルメットを見ているその姿は、月明かりに綺麗に照らされている。銀髪が光っているような気すらして、綺麗だなあと目を細めてしまう。

「んん?オイ名前、欠けなんてどこにもー」
「ん」

 ちゅ。とその横顔に私はキスをした。

 ヘルメットに欠けなんてものはなく、ただ銀さんの注意を逸らしたかった私の嘘である。今の私には、真正面から銀さんにキスをする勇気はまだない。
銀さんは滅多にしない私の行動に、時が止まったように固まっている。何も言わないその姿勢に、ふつふつと羞恥の感情が私の中に湧き上がる。

「…ちょ、超絶おやすみなさい!」

私は夜には見合わない声の大きさで別れの言葉を述べて、平屋に向かう。

「待て」

しかし、一歩足を進めることができただけであった。銀さんが私の腕をがっちりと掴んでいるからである。いつの間にか彼はスクーターから降りていて、私との距離はとても近いものとなっていた。

「…ここ、駐輪場とかあったっけ」
「え…」
「超絶おやすみなさい、超絶キャンセルで」

 そのまま銀さんは私を引き寄せてキスをする。今度はちゃんと口と口で。

私の精一杯のキスが小鳥の戯れにすら感じられるそれに、私はもうそれ以上何も考えられなくなった。






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