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「先輩!」

見失いそうな背中を追いかけたのは放課後のことだ。一緒に帰ろうとしたリンに先に帰ってと告げた後、レンは全速力で走り出した。向こうでリンが、戸惑ったと思いきやすぐ、青春だねレーンと呑気なことを叫んでいて、笑った。
誰のために走ってると思ってんだ、なんて恩着せがましいことを思いながらも、しかし止まらない足。そうだ、青春なんだ。こんなの、オレのためにしか動かない。オレのために、オレが動かすこの一歩一歩は、そう、リンが叫ぶ、青春なんだ。

「ミクオ先輩‥っ!」

呼びかけた声に気付いてくれたのか、ミクオはくるりと振り返り、レンを見て思い出したように言った。

「‥レン君、だっけ?」
「あ‥、ハイ。あの、時間大丈夫ですか?」
「いいよ、購買寄ろうとしてただけだし。なに?」

ミクオは、なんというか、威厳、みたいなものがあると、レンは思った。勢い余って飛び出したはいいが、レンはそんなミクオに対し、少したじろいでしまった。しかし浮かぶのはリンの顔、レンの原動力はリンだ。

「あの‥、どうしてもバンド、やってもらえませんか」

来たる文化祭に備えて、そろそろメンバーだけでも揃えなきゃマズいのだ。なにより、リンに残念な思いをさせたくない。

「あー、ごめん、無理」

しかしミクオは断固として拒否した。

「なんで‥ですか」

レンは聞かずにはいられなかった。だって、悔しいじゃないか。経験者なら軽い気持ちでもいいから少しでもやってくれたらいいのに、少しでもリンの歌を聞いてくれたらいいのに。

「理由話せば、長くなるよ」

嫌々そうではあったが、ここで引き下がったら負けだ。レンは、意地になっていた。この、目の前のこいつを、絶対やる気にさせてやりたかった。

「構いません」
「どこから話したらいいか分かんないから、全部話すけど」
「お願いします」

ミクオは、その、真剣な目をした、けれど生意気さを隠しきれていないレンに、しょうがないかと溜め息まじりに話した。



「‥‥オレさ、プロ、目指してたんだ。昔から音楽やってたし、曲も作って、オリジナルでバンドやりたかったから、もちろん軽音部に入ったの。でも、オレが入った時には先輩たちでもうバンド組んでて、一緒に入ったやつ一人しかいなくてさ、1年ときは結局バンド組めなかった。ただでさえ2年生がいなくて人数少なかったからね。軽音部は基本ユルかったから、引退とかは特になかったんだけど、やっぱり3年生は受験忙しいみたいで、バンド掛け持ちして貰うのも悪いし、それに、なんか、仲良くなれなかったからさ」

なんでこんな話が、一緒にバンドをしてくれない理由に繋がるんだろうと思いながらも、レンは話を聞いていた。

「その暇だった1年の間に、たくさん曲ができた。でもその曲を演奏できる環境はないんだ。それがやっぱ悔しくて、ずーっと練習した。オレ、ベース好きなんだ、最初ギターやってたけど、バンドで一番重要なのってなんだと思う?ベースだよ」

返答を求めない問いであった。その答えに、意外だ、と、レンは思った。バンドと言って思い浮かぶのは矢張り、ボーカル、ギター、ドラムなのだ。ボーカルやギターは目立つし、ドラムは楽器が大きいからなんだか印象に残る。しかし、ベースなんて地味な楽器、バンドやろうと思うまで知らなかったと言っても過言ではない。

「そりゃ、全部の音があってこそのバンドなんだけどさ。ベースって音楽支えるんだ、大黒柱的な感じ、かっこいいじゃん?もうオレメロメロなわけ、だから、ずっとベースの練習してたんだ。もう1人は、いとこ‥ミクっていうんだけど、ドラムやってた。ドラムとベースって意外と重要なんだぜ、ただ、本気でやろうとする希望者少ないけど」

希望者が少ない、つまりリンとオレは、希望者が多いパートを選択したというわけか。

「簡単に言うと、むかつくんだ。軽々しくボーカルやりたい楽器やりたいだなんて。レンくん、初心者でしょ?楽器なんて極める程度で難しくも簡単にもなる。オレはそういうとこ、センスで決まると思ってる。けど、極めるやつはやっぱり練習頑張ってて、すげーやつらが多いんだ。ましてやボーカルなんて、誰でもできる。バンドかっこいいからやりたい、でも楽器なんて面倒くさいし、できないし、歌うことは好きだから誰か楽器やってー?とか、そんなの、腹が立って仕方ない。リンちゃんは、歌うことに本気みたいだった、けど、でもやっぱりまだ足りない、だって、本当に歌いたいなら、インストに合わせてカラオケでもすればいい。本当にバンドやりたくて、パート見つからないなら、自分でそのパートを補えばいいじゃないか。ベースボーカルでもやれば、あとはドラムを見つけるだけになる。歌なんて、ほんと、誰でもできるんだ。ギターだって、同じだよ。自分でなにもやらないまま、誰かにやってもらおうなんて、そんな都合のいい考え、オレは許せない」

自分のことを、リンのことをこんなに正面から酷く言われた、本来ならレンは、腹を立て、殴っていたかもしれない。しかし、それはできなかった、し、むしろ、腹さえ立たなかった。相手がミクオだったからだ。
レンは分かってきたのだ、目の前の、彼のこと。

(この人は本気だ)

何においても図星であったし、正当な意見であった。なにより、自分みたいな者が言い返せる話ではなかった。ミクオは、音楽に触れたことがない初心者である自分を見抜いたのだ。初心者が憧れ選択しがちなありふれたパート、一体どんな姿勢でいるのか、すべて。
オレもリンも、決して軽い気持ちでバンドやりたいなんて言ってる訳じゃない。しかし、音楽のこともろくに知らないまま、経験も何もないくせに、どこか他人頼みになっている自分が、急に情けなくなった。
ミクオの威厳ある態度は、その、本気の姿勢から来るものなのだと思った。








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