distortion





朝、教室に向かえば、知らないやつと話すリンを見つけた。
レンにとって、リンが他人と話すところを見ることは、あまり好ましくなかった。レンは、自分がリンに抱くその気持ちだけは許せずにいた。天真爛漫なリンが好きだ、誰にでも笑顔で、誰とでも仲良くする、そんなリンが好きだ。けれど、どうしてかそんなリンを憎ましく思ってしまうのだ。レンは、リンが他人と楽しそうに接する際、どうしようもない不安と嫉妬に襲われるのだ。その気持ちがどこから来るものであるかは、分からなかった。けれど、やっと出来た、大好きな友だちが、どこかに行ってしまうのではないかと、不安になるのだ。こんなにもリンに固執しているのかと思うが、そんな自分を今まで一度も感じたことがなかったので、レンはとても吃驚していて、且つ動揺していた。リンを縛り付けるつもりはないのに。そんな権利、持っていないのに。
周りの女子はその光景を羨ましそうに眺めていた。そうか、どうやらそのリンと話す相手はモテるらしい。外見からして軽そうなそいつがちょっと引っかかって、けれどそいつに笑顔を向けるリンを見てたら話しかけづらくて、それだけじゃない、レンは、思考だけは冷静であったくせに、金縛りにでも合ったかのようにその場から動けないでいた。
「あ、レーン!」
教室に入れないでいたレンを、金縛りのようなものから解放したのはリンだった。レンを見つけたリンは、嬉しそうに手を振った。レンは、そのリンの声で、自然と顔が綻んだ。
「おはようっ、今日は朝会わなかったねー」
「おはよ。朝寝坊しちゃったんだ」
「あは、レンって寝坊似合わないよね」
リンは不思議だ。レンが感じる全ての気持ちの根元は、リンにあった。
「おーい、リンちゃん」
「あ!すみません!この子が、ギターのレンです」
リンは、一緒にいた男にレンを紹介したのだが、レンは、なんのことか、目の前の男が一体なんなのか分からず、少し機嫌を損ねた表情を浮かべながら、それでも一応挨拶した。
「どうも」
「どーも」
「それで、レン!こちら、元軽音部の、ミクオさん」
「軽音部?」
「そう!去年まであったんだって、軽音部!‥ってレン、知らなかったの?」
「オレ部活とか興味なかったから‥」
「そっかあー、なんかね、色々あって人数足りなくなって、廃部になっちゃったんだって。残念だよねー」
残念?残念って?
もし、軽音部があったら、リンはどうするつもりだったの?ねえ、リン。もし軽音部があったら、リンは入るつもりだったんだろう?レンは、怖かった。怖くて怖くて仕方なかった。リンが入部するならきっと、レンも入部していた。でも、それからは?
リンは、どんどん知らないやつに出会って、そうだ、今日みたいに、知らないやつと仲良くなって、そして、‥‥オレなんか、いらなくなるんだ。
キーンコーン、止まらなくなったレンの溢れる思考を止めたのは、リンでなく、今度は予鈴だった。
「じゃあ、オレ戻んなきゃ」
「あ、はい、なんかすみません」
「こっちこそごめんね、まあ、一緒にはできないけど、分かんないこととかあったらなんでも聞いてよ」
「あ、ありがとうございます!」
ミクオという奴は、三年生の先輩のようだった。その、ミクオの背中を見送ってから、リンとレンは教室へ入った。
「さっきの先輩ね、ベースやってたらしいの」
「へえ」
「それで、一緒にバンドやってくださいって言ったんだけど」
そうか。そうだよな、バンド、やるんだ。オレとリン以外にだって、メンバーが必要だ。それは、レンがリンに言ったことであったのに。
「ダメだった」
リンは見たこともない悲しい表情を見せた。リンの世界で今、あいつは必要な存在なんだ。レンにはそれがどうしようもなく分かってしまった、それがミクオに拒否されたことに安心していた、けれどそれじゃダメなんだ、だって目の前のリンが、こんなに悲しそうに笑う。笑うのに、悲しそうなんだ。そんなのレンは望んでいなかった。
リンは、レンの世界で、いい意味でも悪い意味でも、すべてであった。そうだ、だから、その世界を、崩されてしまうのが怖いのだ、自分にとって世界はリンだけであるのに、そうではない、リンの世界には自分以外にも必要とされるものがあって、そしてレンはソレに、リンをとられてしまうのではないかという不安があった。本当にリンは自分を必要としているのだろうか。いつしかリンの隣には別のやつがいて、それが当たり前になってしまわないだろうか。今の自分の世界はリンだけだ、リンがいなくなったら、オレは、。
今でもそれは消えない。しかし、リンが望むのなら、リンが笑ってくれるのなら、‥‥探そう、ちゃんと、メンバーを。オレとリンだけじゃ、バンドなんてできない。


ふと思った。
自分が必要とするものは、リンだ。
リンが必要とするものは、たくさんある。
もしかしたら、そんなリンを必要とする人が、自分以外にも、いるのではないのだろうか。
そうしたら、オレを必要とする人は、いるのだろうか。
リンの世界には、たくさんのものがある、たくさんのものを必要として、たくさんのものを吸収して、たくさんのものを与えてくれる。
オレの世界には、リンしかいない、リン以外なにも必要とせず、なにも吸収することなく、なにかを与えることもできない。
リンは、リンがたくさんの人を必要とする分、きっと、たくさんの人に必要とされている。

それが、ちょっと、羨ましい。









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