octave




リンが取り出したのは一枚の紙だった。
「文化祭?」
「そう!」
なにやらとその紙を読んでみると、ふむ、文化祭を盛り上げるために企画や出演を募集しているらしい。その一つに、バンド募集という項目があって、ああ、リンはこれのためにこの紙を持ってきたんだな。クラス展のみだった去年の文化祭よりは幾分か楽しくなりそうで、今年の生徒会は熱い奴らだなあと、レンは感心していた。
「だからね、レン」
しかしレンにはあまり関係のないことだった。いくら生徒会が頑張って文化祭を盛り上げようとしたって、それはレンが直接楽しいと感じられる訳ではない。
「ライブやろっ!」
レンにとって重要なのは今目の前に嬉々として目を輝かせる一人の少女だ。彼女の言動がレンを、レンの心を動かすのだ。
普段なら面倒なことも、彼女がいればきちんとこなす。普段ならつまらない時間も、彼女といれば楽しく過ぎる。
そう、だから今回もレンは
「‥‥やろっか」
こうして動かされるのだ。
この、単純でもあるが、しかし今まで何事にも流されず揺らされずいた自分自身の思考の改革は、レンにとって嬉しいことであった。
「やったー!レン、ありがとう!練習がんばろうねっ」
きゃっきゃと喜ぶリンを見て、レンは幸せを感じる。幸せ、なんて言葉、今まで使ったことも、感じたこともなかった。
レンは、今までの日々を、ただ淡々と過ぎていくことを望んでいた。波風立てず、面倒なことから避け、そうして過ごせればいいと思っていた。特に興味をそそるものもなかったレンは、どこか世界はつまらないと感じていた。退屈だ、億劫だ、日々繰り返されるその思考を正当化しつつ、どこかうんざりしていた。これでは駄目だ、分かってはいても、そう感じてしまう自分を認めないとどんどん止め処ない負の感情に飲み込まれる気がして、自分を保つのに必死だった。そんな強制的に生かされるのが嫌で仕方なかった。
そこで出会ったのがリンだった。彼女は自分とは真逆だった。生きることが大好きで、楽しそうに笑う彼女が眩しくて、レンは鬱陶しさを感じた。しかし、だった。彼女は自分を「友だち」と呼んだ。レンは目立つことを嫌がったため、地味だった。そんな彼に話しかける人は少なく、レンはそれを望んでいた。自分の思う様に対応する彼らに、単純な奴らだなあとさえ罵っていた。その上レンは人と関わることを避けていた。だから彼には、友だち、などというものはいなかった。けれど、けれどレンは、どこかで友だちを、待っていたのかもしれない。何故ならその言葉に、差し出された手に、リンの笑顔に、体中が熱くなってしまったからだ。体は正直だ、どんなに何事にも興味がない自分、がいたって、本当に求めているものを前にした瞬間、こんなにも心臓が高鳴ってしまうなんて。
レンはそれでも冷静を装うため彼女を疑った。しかし彼女は酷く天真爛漫であった。レンはその、今までに出会ったことがない、気取らない、裏表の感じられない彼女の言動と笑顔に、全てを変えられてしまったのだった。
だから今、レンにとっての全てはリンなのである。
レンは、今、そんな自分が好きだった。単純とも言えるその思考さえ愛しかった。単純だからこそ愛しいのかもしれない。毎日を楽しく感じられることが嬉しかった。退屈だ、億劫だ、そんな思考微塵も感じない、全てが輝いて見えた。
だから、リンの望むライブを、絶対に成し遂げたいと思うのだ。



「でも、リンさん」
「なんですかい?レン殿」

「バンド、パート足りないよ」

「あ。」










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