(少年Tの確信)

誠凛と桐皇は、同じ地区とはいえ多少離れた場所にあります。ですが、なぜか僕らはしばしば、ストバスのコートで彼らと鉢合わせするのです。本当に偶然なのか、はたまた彼が待ち伏せまがいのことをしているのか、僕にはよくわかりません。ただ火神君は彼の顔を見るたび、とても嬉しそうな顔をするので、僕はあえて何も言わないことにしました。

同じにおいがする、とのことでした。物理的にですか、と僕が問うと、火神君は首をかしげて僕を見ました。きっと日本語が通じていないのでしょう。これまた同じタイミングで青峰君もいぶかしげな顔をしました。きっと日本語が通じていないのでしょう。桃井さんだけが、下を向いて笑いをこらえています。どの意味で笑っているのでしょうか。

最初に提案したのは桃井さんでした。それは猛獣のじゃれるようなワンオンワンを、外野で観戦していたときでした。ちょうど二人とも似たような背丈だし、となにを思惑したのか青峰君のかばんから無許可で取り出したのは桐皇学園のユニフォーム。僕なんかが着たら、父親の服を借りた子供のようになってしまうでしょう。仕方が無いので、僕もさっと火神君の後ろに回りこみ、エナメルバッグから誠凛のユニフォームを盗み出しました。そのことに彼が気づいたのは、僕が青峰君にそれを手渡した後でした。

「おま、黒子何してんだテメェ!」
「ちょろいですね。君がゴルゴでなくて本当によかった」
「何の話だよ!」

これまた上半身裸になった青峰くんが、腹を抱えてゲラゲラ笑っていました。桃井さんは早くも火神君を脱がしにかかっています。それがいやに手馴れていたので、僕にも自然と笑みが浮かんできました。きっと苦労されているんでしょう。
ようやく着せた二人のユニフォーム姿を見て、桃井さんは感嘆のため息を漏らします。それもそのはず、二人ともそこそこ整った顔をしているから、だいたいの服は着せれば似合うのです。火神君の肌の白さが、桐皇学園の黒いユニフォームに映えて見えました。こちらも白を渡したので、浅黒い青峰くんに似合わないはずがありませんでした。

「きゃぁ大ちゃん似合う!」
「ははっ、どーよ」
「バッチグーですね」
「昭和か」
「ショウワ?」
「時代が古いって意味よ」

ふと、青峰くんの口元がかすかにほころぶのを、僕は見逃しませんでした。裾をひっぱったりして桃井さんに感想を求めている火神くんを、まるで子供のはしゃぐのを見守るようにしていたものですから、それはいつもの悪党面とは程遠いものでした。まだ昼間の余熱を孕む風に吹かれて、借り物の五番が少し空気を含み白い背中が隙間から見えました。風の合間を縫って聞こえてきた青峰君のほろりとした笑い声は、僕のこめかみあたりを通り過ぎていきます。

「なー、テツ」
「嫌です」
「なんでだよ」
「聞きたくないからです」
「まだなんも言ってねーだろ」
「……いい加減、待ち伏せばっかりしてないで、自分の気持ち伝えたらどうですか」
「っは、バレバレ?」
「ええ、バレバレ」

アイツが女だったら絶対巨乳だよなー、とはぐらかしたのは、彼にとって自然なことだったのでしょう。でも僕は知っているんです。火神君が男だろうと女だろうと、今の彼の心情に変わりは無いことを。いつも僕らが会える時間の全部(まだ今日は三十分ほどしか経ってはいないのですが)、そのほとんどを、彼は秘めた激情と戦っているのです。会っても苦しい、会えなくても苦しいなら、せめて笑っているのを見たいから、なんて。
女々しいですね、というと、乾いた笑いを漏らした青峰君は僕の髪をかきまぜました。その顔は確かに笑んでいましたが、なんとなく、傷物のように思えて、僕はアスファルトを凝視しながら痛い、と言うことしかできませんでした。それは罪悪感からくるものだろうか、自己嫌悪からくるものだろうか。どっちにしろ僕は青峰君にいじわるをしているんでしょうね。だってどっちも、僕の大事なひとだから。



   ***



(少女Sの思惑)

このごろ、先輩たちが大ちゃんにつけたあだ名がある。「ひっつき虫」だって。けっこうかわいい。なぜかというと、このごろ早く部活が終わって帰るとき、必ず私と同じ方向に向かうから。いっつもは私、誠凛のほうに向かっていくから、大ちゃんと帰り道がおなじになることは一週間でだいたい半分くらいの確率だ。テツ君と火神くんが練習してるとこを見たいってのが大前提、あとは情報収集も兼ねていて、ちょっとした日課になりつつある。
だから、そう一ヶ月前ぐらいのことだったか、ふいと隣を見たら、あたかも前からずっとついてってましたよって顔で大ちゃんはいた。そんなんだから、私もあまり気にしないことにしたの。嘘。気になってます。気になってるっていうか、なんでついてくるのか何となく分かってしまったから余計、なんだけど。

いつも彼を見ているときに思う。大ちゃんと火神くんはよく似ているって。背丈もプレイスタイルも頭に血が上りやすいとこも、兄弟みたいだと思った。そのまんまテツ君に言うと、やっぱり同意が得られた。彼らのそばにいちばん居たのは紛れも無いテツ君だから、ちょっと嬉しい反面、二番煎じだなあとさびしくなる。まだ衰えることを知らない夕方とお昼の間の太陽は、ちりちりと私の日傘を焼いて足元にねずみ色の影を作った。こんな炎天下でよくあんな動けますね、と薄い水色がふわふわ隣で揺れて、口をつけていたスポーツドリンクがかわいらしい音を立てた。
ふと、大ちゃんのかばんからユニフォームがのぞいているのが見えて、それと同時にテツ君が意地悪い笑い方をした。それがいけない。だから私が言い出したことっていうのは、ちょっとおかしい。テツ君だって共犯だ。

「ねえ火神くん、これ着てみて」
「は? なんで?」
「おいさつき、確かそれ俺の」
「はいおくちうさぎさんにしましょうね青峰君」
「うわちょテツ痛」

言われるがままTシャツを脱いでいく火神くんを見てた大ちゃんの表情が複雑すぎて、私とテツ君は思わず顔を見合わせて笑ってしまった。するする黒く染まっていく火神くんの肌を見つめて、ああもうこれは肯定するしかない。知りたくはないような気がした、けれどそうじゃなければいけない気もした。それは確信だった。そう、テツ君がずっと微笑んでいるのを私は知っていたから。

「どうだ?」
「似合う似合う、すっごく! ねえ火神くん桐皇来ない?」
「行かねえよ」
「えーなんでさぁ」
「バスケするにも黒子いねえだろ。それに」

そう言ってちらと横を振り向く火神くんの目元が、熱を含んでころりと動いた。テツ君と大ちゃんがなにか会話しているけど、距離のせいかよく聞こえなかった。アイツ似合うな、って歯を見せて笑う彼の頬の辺りが、とても大ちゃんに似ていて、翳りを少しずつ見せてきた透明な空が二人を囲う。風が出ているけれど、肌寒いとは思えなかった。

「青峰とは、肩並べるより向かい合っていたいから」

それがバスケを指していたのか、それとも違うものだったのか。ぐしゃぐしゃとこちらまで音が聞こえてきそうにテツ君の頭をかき撫でる大ちゃんには、その感情は届いていないらしい。あいつらまだやってら、って、そんな触れたら壊れてしまいそうな笑顔で言われてもあなたらしくないよ。声に出そうとしても、それはのどの辺りに詰まって、空気の通り道も無いようにぎちぎちと私の肺を圧迫するしかなかった。彼の短い睫毛は、本当に空の青いのに融けてしまいそうで、それを私は黙って見ているしかないのだろうか。

「アイツさあ、同じにおいがするんだよな。俺と」
「え?」
「なんか、同類なのかなって」
「物理的にですか」
「ブツリ? なんだそりゃ」

思わずふきだしてしまって、ぱっとテツ君が私を見る。火神くんは変わらず不思議そうな顔をしていて、近寄ってきた大ちゃんも同じ表情をしていた。その二人があまりに似ていたから、テツ君に大ちゃんを指し示すと、彼もまたふわり、と口角を上げて、馬鹿ですか、と言った。やっぱり私、大ちゃんが好きで、大ちゃんが好きな火神くんのことも好きなんだ。二人が信頼してるテツ君のことももちろん好きで、三人を映してる私の目は、なんて幸せなんだろう。
大ちゃんの大きな手が、火神くんのワインレッドに置かれる。テツ君とは高さも大きさも違うから、テツ君はちょっとだけ膨れ面をしたようだった。困ったように笑う火神くんは黒子の前だとか理由をつけて嫌がっていたけれど、手をのけようとはしなかった。大ちゃんはというと、やっぱり深い青の髪を揺らして、ただ曇りの無い笑い声を漏らしていた。




present by ぺたる さん


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