近頃の我々はとても不安定だ。

「真ちゃーん、メシー」
四限の終わりを告げるチャイムが鳴り、高尾はノートや教科書の片付けもそこそこに後ろの席の緑間へ声をかけた。緑間は丁寧にペン類をシンプルなペンケースにしまいながら「ああ」と短く返事をする。朝練があるためすっかりお腹を空かせた高尾はふんふんと嬉しそうに即興の鼻歌を歌いながら椅子を後ろへ回し、緑間と向かい合う形で座った。

「真ちゃん今日唐揚げじゃん、いいなー。あ、俺はエビフライね。」
「聞いてないのだよ。」
「まぁまぁ。あ、真ちゃんってエビの尻尾食べる派?捨てる派?」

高尾の問いに、くだらないとため息を吐きながらも結局のところ緑間は答え、お決まりのように高尾がツンデレだと緑間を茶化す。このように、ふたりが一緒に昼食をとること、それどころか学校生活のほとんど全てを共にすることはいつの間にか高尾と緑間の常となっていた。
そしていつの間にか、これまた意識しない内に、緑間の美しい色をした瞳を覗くたびに高尾には仕方のない厄介な感情がせり上がるようになってしまったのだった。誰とでも仲良くはするが深入りはしない、一定のラインのまで。その内側、自分の深いところには取り込まない―――簡単に言えば浅く広くの関係を好んでいたというのに、どういうわけか緑間に関する欲求がふつふつと湧き上がる。知りたいとか聞きたいとか、見たいだとか。このところそういう欲しいものたちに苛まれ、くだらない会話の最中、高尾はお得意の笑顔を忘れて眉をひそめてしまう。困ることはもうひとつ、緑間が敏い人間であるということだ。


「どうした高尾。」
「ん?あ、いや。何でもない、ぼーっとしてた。」


緑間が箸を止め、高尾に真っ直ぐな視線を向ける。そんなに見つめんなって、と高尾は十八番の軽口で回避しながらしまったと思った。また、今も、囚われていた。

(やべーなー……)

些細な変化に気付いてもらえるのは嬉しいけれど、気付かないでくれ、と思う。もちろんそんなことを言えるはずもないので、卵焼きと一緒に飲み込んでおく。ああ、難儀だ。この矛盾する感情は、恋をしてしまった以上どうにもならないことなのだろう。

緑間は何か言いたげな顔をしていたが、高尾が制止するようにつらつら話を始めたので教わることはないとわかったのだろう。諦め、眉根を寄せると黙ってご飯の咀嚼を始めた。
それからチャイムが鳴るまでした話はほんとうに他愛がなかった。宮地先輩の推しメンのこと、昨日の練習メニュー、数学のベクトルについて。緑間の言いたいことを塗り潰すように、高尾のくちびるはペラペラと言葉を紡ぐ。
(だって、)
高尾は確信をしたくない。緑間が時折伝えようとしてくる感情が、自分の心底に住む仕方のない恋心と同じものだということを。
緑間は高尾の声に時たま頷き、食後の習慣で左手の爪を研いでいた。高尾はその、綺麗に整えられたら形のよい爪に視線をやりながら、もしかしたら緑間も気付いてほしくて、でもやっぱり気付いてほしくないのかなと思った。どうなんだろう、言葉と言葉の隙間でそっと、緑間の纏う空気を伺ってしまう。

(手ェ握りてぇなぁ。)

緑間の手は白くて、きっと滑らかなのだろうが、自分よりずいぶん大きな角張っている。その手指に愛情を持ってして触れたくなる日がくるとは。高尾が思うに、愛情と友情の境目はものすごく曖昧なんじゃないかと思う。抱き付くのは?好きと言うのは?同性の場合はより一層線引きが難しくて、自覚の有無が全てじゃないかと思う。高尾は自覚をして、自らの欲深さを知ったのだ。そしてきっと、


「高尾、話をしないか。」


ああ、やっぱり。緑間も己の欲を知っている。我々はほんとうは、我慢が嫌いで、ぬるま湯のような優しさなんてほしくないのだ。
キーンコーンカーンコーン―――……遠くで鐘がなる。それは警鐘のようであった。呑み込まれてしまったら終わりだと、教わらなくてもわかっている。だって伝え合ってしまったら、二度と「これまで通り」に付き合えない。そして我々は何年、何十年先の未来を見通すことも保証するにはあまりに幼いのだ。必ず、傷ついて傷つけてしまう日が来てしまう。我々は幼いけれど、必ず幸せにする、なんて甘い言葉は一時のまやかしに過ぎないことを知っているのだ。

「……屋上行こっか。」

ちょうど教室へ入ってきた教師へ、緑間の具合が悪いので付き添いで保健室へ行きますと嘘をつき、部屋を後にする。静まり返った廊下を抜けて重く錆び付いたドアを開けて空を見たら、張っていた一線を越えて、明確な意志を持って触れてしまう。ああ、呑み込まれてしまう。きっとこれから、好きだと告げて好きだと告げられる。そして多大な嫉妬や苦悩を味わって、いつか離別がやってくるのだろう。

もし運命に逆らって、「好きだ」と落とされた言葉を救って、大切にして、それだけ信じて生きていけたなら。ああ、空が青い。左手をとって、指同士を絡めて、駆け出してしまうには世界は広くて果てしない。




present by 玲里 さん




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