おとなりのへや

 最近、彼女ができた。かなりいい子。気立てが良くて家事もできて器量よし。おまえにゃ勿体ねーと散々言われる俺はなんて幸せ者。

 その日は5回目のデートだった。そろそろ抱いてもいいだろう、よし、やるぞ、と朝から意気込んでいた俺はいたって健全な男の子。彼女にもそれが伝わったのか「家においでよ」と下心丸出しだったけど「……いいよ」との返事が引き出せた。やばい、かなりうれしい。
 前の彼女と別れたのが一年も前になるから、女を味わうのは久しぶりで、すごい興奮していたと思う。
 一人暮らし用の賃貸マンションは壁が薄いけど、貧乏学生だからホテルに行く金も惜しい。彼女には悪いけど壁が薄いなんて教えずに、ベッドへなだれ込む。処女じゃないらしいけど、そんなのは関係ない。だってかわいい。
 そして俺は、やっぱ女の子ってやわらけぇなぁ、と堪能し尽くしたのだった。

 ことを終えると、男ってのは「賢者」になる。つまり、出してしまった後はやたら冷めるのだ。さっきまで一心不乱にはぁはぁ言いながらへこへこ腰を振ってたくせに、いまは新しい政府の政策とか、戦争は何故なくならないのかとか、はたまた、明後日は雨だから洗濯は明日の内に終わらせよう……とかそういうことを考えてしまうのだ。でも女の子の方は「ね、よかった?」なんて情事後の余韻をいちゃいちゃ楽しみたいらしくて、俺はそれにちゃんと付き合ってあげる。これもベッドのマナーというやつだ。
 二人して布団の中でそんな感じにイチャイチャしていたら、何の拍子でか、息子の元気が戻ってきた。お、コレはもう一ラウンド……と思って彼女を見ると、彼女の顔がなんかおかしい。
「……ちづるちゃん?」
「しっ……」
 何かに気付いたかのようにベッドから身を起こして、息を潜めて真剣な面持ちでじっとしている。何事かと思っておれもそれに習うと、なにやら隣人宅から……変な声が。

――んっ
――も、いくっ

 抑えているようでなかなか聞こえないけれど、男の声だ。
 さては、隣も彼女とヤってるな? でも俺の彼女の方が可愛いモンね。
 なんて思っていたら、どうも様子が変だ。

――いや、だっ、そんなとこ、なめるなっ
――ば、……かっ、へんた、いっ
――ひぁ、あ、ぁぁっ、いくっ

 ぞわ、と鳥肌が立った。
 おいおい、ちょっと待てよ。そういう台詞は女の子が言うもんじゃないのか。なんでそれが男の声なんだ。しかも抑えがきかなくなってきたのか、どんどんでかくなっている。いやいや、そもそも「抑えがきかなくて声が出ちゃう」っていう俺の発想が気持ち悪い。男だぞ、男。普通突っ込む側だぞ。そりゃ多少漏れたとしたって、基本的に声は出さないだろ。まして、喘ぎ声なんざ。
 隣の部屋は、たしか高校生だ。やったらでかくてイケメンで、フェロモンぷんぷんの女にもてそうなやつだ。何でソイツの部屋から、男の喘ぎ声が聞こえるんだ。
「はは、これって……」
 場を和ますつもりで声をかけ、彼女の肩を抱き寄せた。が
 ぺい、と手をはがされ彼女はベッドから降りてしまった。鼻息荒く、目は爛々として俺のことなんて見てやしない。

 パタパタと壁に走りより、ちょこんと座り込む我が彼女。ぺったりと耳を寄せて、なにやらつぶやいている。
「くぅ……っ。なんておいしいっ」
 小さなガッツポーズ。ちなみに彼女は布団を適当に巻きつけたまんまのだらしない姿だ。俺にいたってはソイツを引き剥がされてすっぽんぽん。

 なんだ、いったい何がおきているんだ。

 俺が戸惑っていると、彼女がぎらりとこちらを向いた。そして小声で「隣人のスペック、くわしく!」なんて言ってくる。
 おいおい、どうしたの。普段大人しくて擦れてなくて、だけどベッドん中じゃとってもエロ可愛い素敵な彼女はどこに行ったの。目の前にいるのは誰だ。
「あ、高校生、かな」
「もっとくわしく!」
「不良っぽい感じのでっかい奴で、結構イケメン……」
 しかも俺律儀に答えてるし。
「じゃあこの声はその人の?」
「いや、たぶん、ちがう……」
「じゃあその人は攻めねっ。不良攻めキタコレっ」
 俺の答えを聞いてヒートアップする彼女。「この部屋、おいしすぎるっ」なんて言いながら興奮を抑えきれずにぺしぺし壁を叩いてる。もちろん向こうに響かない程度で。
「で、彼氏は?」
 彼女の問いに、俺は硬直する。
「へ」
「だから、今この声出してる子は、どんなこなの」
 なんだ、彼氏って。なんで男に彼氏がいるってナチュラルに発想できるんだ。
「こんなの、初めて聞いた」
「え、じゃあじゃあカップル出来立てほやほやなのかなー」
「ちづ、る、さん?」
「聞いた感じじゃちょっと強引っぽいかなぁ。でも強姦ってレベルじゃなさそうだし」
「ごうかんて」
 こんな可愛い顔してなにその物騒な発想。
「あ、気持ちよさに流されちゃった感じか! うわ、なにこれ、萌えるって言うか滾(たぎ)る!」

 俺はその日、隣の声が聞こえなくなるまで泣いた。男の子は泣いちゃ駄目って昔言われたけど、これは泣いたって許されると思うんだ。
 その後も彼女とは仲良くやっているが、そのうち彼女がこの部屋に越してきそう。たぶん彼女に必要なのは俺じゃなくて、壁の向こうの隣人なんじゃないだろうか。

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