04

 俺に、拒否権なんてあるはずも無かったんだ。

 最初は、授業が終わったらダッシュで逃げようと思ったさ。だがそのへんは本神先輩も抜かりなかった。俺が逃げないようにちゃんと迎えに来てくれたのだ。いや、まったくうれしくないぞ。迷惑極まりない。まだ授業も完全に終わっていなかったのにチャイムと同時に教室の戸が開いたもんだから、担任も驚いていた。しかも現れたのがあの本神一とあれば、教室は一時騒然。てっきり殴りこみかと思うのは無理も無い。
 みんなの視線を一身に浴びながら、制止の声を聞くこともなく乗り込んできた本神先輩は、俺の右腕を掴んで一言「行くぞー」とご機嫌な笑顔をひとつ。俺はかろうじてかばんを掴んだが、あとはもう引きずられるがまま誘拐よろしく連れ去られるはめに。

 普通は授業が終わるとそのまま帰りのHRになり、当番はその後に掃除をする。今はまだ授業が終わったばかりで誰も教室から出てくる様子がなく、廊下に響くのは俺たちの足音だけ。とはいえ俺の足音の方がずいぶんと多い気がする。コンパスの差だろうか。先輩の1歩は悲しいことに俺の1.5歩なのだ。それなのに先輩は俺を振り返ることなくずんずんと進むもんだから、腕が引っ張られて仕方ない。逆らったら駄目だと自分に言い聞かせるけれど、痛いモンは痛い。
「せ、せんぱいっ、手! 痛いですって」
 校門を出ようというところで、俺はとうとう叫んだ。手というか、もう肩から痛い。
「あ? ああ、わるい。大丈夫か」
 ぱっと手を離され解放されたことにほっと息をつくが、謝られたことにちょっと驚いた。不良って、もっとこう……抜き身のナイフのような、獰猛な野犬のような、とにかくおっかないのをイメージしてたんだが、どうも調子が狂う。いまのところ暴力らしい暴力も、暴言も無い。
 粗野ながら、人懐こさを感じる。腹のうちが読めやしない。
 じっと先輩を見ていると、また先輩が楽しそうににやりと笑う。そして、ついっと俺の顔を両手で挟み込み、持ち上げるように上を向かせながら、引き寄せる。
「お前の眼、その気が無いくせにそそるな」
 ひいいぃ。近い! 近い!そそるってなんだ! 美形のどアップは、迫力がありすぎて、凡人には耐え難いんだぞ。
「すすすすいません。睨んで、ないです!」
「わかってるけどな、俺んちではあんまりその眼するなよ。ヤられても知らないからな」
 先輩の手が、そっと俺のまぶた下ろす。視界が真っ暗になって、何も見えなくなる。
 そのまぶたに指が触れて、往復するようになぞる気配がする。この指をぐっと押されたら、俺の眼はつぶれるんじゃないだろうか。そんな恐怖に身がすくんで、動けない。
 指の腹が何度か俺のまぶたを撫で、やがて離れていく。
 俎上の鯉をどう調理するか思案しているとしか思えない。殺(や)られるのは勘弁したい。 
「せせせ、先輩」
 ちらっとまぶたを持ち上げると、目の前にはまだ本神先輩の顔がある。何が悲しくて男と見つめあわなきゃならんのだ。
「……おれ、二年生なんですけど。先輩、三年ですよね」
 しかも進級したばっかりで、頭ン中身は実質一年生だ。教えられることなんて、全然無いぞ。
「いや、いいんだ。基礎が知りたい」
 不良が理系の基礎固め?? 何故。
「大学受験ですか」
 だったら家庭教師のほうが、と言いかける俺を先輩は笑って制した。
「俺、次の考査50番以内になりたいんだ」
「……は?」
「だから、よろしく」

 どうして俺がこんな目に。

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