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「え、マジで弘樹に頼んだん?」
 目の前の優男、丸山敦(まるやまあつし)が目を見開いて俺を見つめる。丸山は遠方からの入学らしく所々方言が混じるし、イントネーションが変わっている。
 こいつの口から出た弘樹ってのは昨日俺がつまみ食いをした後輩、城田の下の名らしい。昨日はずっと苗字で呼んでたので、別人の名前みたいだ。
 丸山は椅子の背もたれを抱くように反対向きに座っていて、がたがたと行儀悪く揺らしている。
「なんでそんなことしたんーやめたってくれー」
 しかし俺に城田の存在を教えたのはほかならぬこいつだ。ちなみにメアドはこいつがトイレに行ってる間にケータイから勝手にいただいたわけだが、丸山は多分いまも気づいていない。
 丸山はこの学校の生徒会副会長で、城田が属している剣道部の副部長をしている。やたらと「副」のつく男だが、調子の良いこいつにフォローの才能があるかはぱっと見わからない。しかし評判を聞くと、生ぬるくてふざけた態度の割に仕事はできるらしい。毒にも薬にもならないタイプだと俺は思うが、相手の懐に入って説得するには結構役立つということかもしれない。かくいう俺もこいつを通じて「優等生」の生徒会とつながりができてしまったのだから変な話である。

「あ? なんだお前、冗談で城田の名前出したのかよ」
「冗談も何も、お前が理系得意な奴誰って聞くからぱっと思いついたんが部の後輩だっただけで、まさか二年にカテキョ頼むなんて思わんかったし」
「残念だったな。あいつ、これから毎日うちにくるぞ。つーかお前は自分のクラス帰れ」
 昨日の問題集の残りを解きながら俺が言うと、丸山は頭を抑えて俺の机に突っ伏した。そうされると問題が見えなくなるので髪を引っつかんで引き剥がしたら、今度はさめざめと泣き始める。無論演技だが、男の泣く演技なんぞ気色悪くてしかたない。
「あー最悪。お前超最悪……しくしく」
「しくしくって口で言うな、キモイ」
 すると丸山は、べち、と俺の顔を両手で挟んで少しだけ真剣な顔になる。「少しだけ」ってのは、こいつの顔が垂れ眼で元々締まりのないせいで、いまいち真剣に見えないからだ。
「お前、あいつにちょっかい出すなよ!」
 と言われても、すでに俺は思い当たる節があったし、色々とめくるめく楽しい映像が思い浮かんだが、もちろん言わずにそ知らぬふりをする。
「ちょっかいってなんだよ」
 丸山は鼻息荒く椅子を揺らす。
「髪染めさすとか、校則で禁止されてるバイト唆すとか、とにかく悪い遊び教えんといてよ! あいつめっちゃ真面目だから! 俺のかわいい後輩だから!」
 丸山の考える「ちょっかい」がかわいらしいものだったので、俺は思わず笑ってしまった。たぶん、普通の高校生なら十分非行のうちに入るんだろうが、俺にとっちゃ今さらだ。ソレを他人に勧めてお山の大将気取ろうって気も無い。
「あーそういうのなら安心しろ。しない」
 『そういうの』以外の部分は保障しないが、健全な丸山の脳裏には思いも至らない世界だろうから教えてやらないことにする。たぶん教えたら俺木刀で殺されるなぁ、なんて思うと笑える。
 ぺいっと丸山の手をはがして俺は再び問題に向き直ると、なんだか周囲の視線がうるさい。俺が休み時間に勉強してるのが珍しくてたまらないようで、教室の外を通り過ぎる教師にはガン見された。丸山もその空気に気付かないわけは無いのに、そっちに注意を向けることもなくただ自分の文句を連ねる。……こいつのあえて空気読まないところは、俺は結構気に入っている。
「俺弘樹にちょーなつかれてんのに、こんなん知られたら株大暴落だし。なんで不良なんか紹介したんですかって睨まれるわーあーもー」
 およよよよ、とまた自分でわざわざ口にしている丸山。
「睨む、ねぇ」
 そりゃ羨ましいこった、とひとりごちた。城田の眼を思い出すと、俺は楽しくて仕方ないのだ。昨日の、俺の下で潤んだあいつの眼を思い出すと、口元がにやけそうになる……というか、不覚にもほんとににやけてしまった。
「うわ本神その顔めっちゃ気持ち悪。超悪巧み顔」
 ひぃ、とふざけた調子で引いている丸山を一殴りすると、丸山は「DV反対!」なんて叫びやがる。
 ちょっとまて、それは「家庭内」暴力だっての。

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