鬼沢先輩視点
ネコが好きなのにネコに好かれない。生来、これは鬼沢のもっぱらの悩みであった。そもそも家族にアレルギー持ちが居て飼えなかったため、出会うネコといえば警戒心の強い野良猫ばかりで、近づけば一目散に逃げられてしまう。
そんな彼にこの春、転機が訪れた。
ちょっとした事故で知り合った後輩から、彼の猫と友人の猫を見せてもらえることになったのである。
その後輩は、最近学園を騒がせている外部からの入学者だ。
彼に猫好きだとばれたとき、餌缶をぶちまけたこともあってばつが悪く、つい乱暴なことを言ってしまった。が、後輩は笑って嫌な顔一つしなかった。それどころか「俺の家にも猫がいるんですよ、あとともだちにも猫飼ってる奴がいて……」と自ら機会を図ってくれたのである。
なるほど、不良と恐れられた自分の顔を見ても平然としているし、なかなか肝が据わった良い奴である。おまけにネコ談義ができるなら申し分ない。生徒会の人間が気に入ったのもうなずける。学園に染まっていない分、感覚が自由なのかもしれない。
こういうわけで鬼沢はこの後輩を気に入った。
さて、紹介された友人はこの学園の生徒だったが、二つ下ともなると鬼沢の記憶には無い顔だった。垢抜けず主張の弱い雰囲気がある。清潔さこそ気にすれど、そのほかに自分を着飾ることを知らなさそうだ。
しかしあの後輩の友人ということもあってか、存外喋りやすい性格であった。適度に砕けた態度で、ネコに威嚇されっぱなしの鬼沢をからかい、見せ付けるようにネコと戯れた。それでいて甘やかすのは上手で、鬼沢が猫に引っかかれれば優しく笑いながら丁寧に手当を施してくれたし、触れなかった自分を気遣って「また、いつでも来てください」と言ってくれた。
こういったごく普通の先輩後輩としての距離感はかつて経験したことの無いもので、座りの悪いような落ち着かない気分にもなったが、なかなか悪くない。こちらの後輩も、やはり良い奴である。鬼沢はそう判断し、言葉に甘えることにした。
困ったことになったのは、それから幾日かが過ぎたころだった。
このごろは二人きりで会う事が多かったのだが、一向に鬼沢が猫に近づける兆しが見えず、顔に出さず落ち込んだ鬼沢に優しく彼が言ったのだ。
「俺を抱いてください」と
思わず、思考が停止した。
男だらけの学園にいるせいで、過去このような申し出は何度もうけた。が、まさかこの後輩に言われるとは思っていなかった。良好な友人関係を築けると思っていた矢先だったため、少なからずショックである。正直に言えば、わずかに怒りも覚えた。
その大人しそうな顔の裏で、彼は自分にあばかれ、抱かれたいと思っていたのだろうか。
ふっと、脳裏に彼の乱れた光景が思い浮かぶ。裏切られた気分になり、乱暴にしたい気持ちがもたげた。
ところが、鬼沢の思い込みはまったくの誤解だったのである。
「俺が猫を抱くので、先輩は俺ごと猫を抱っこしちゃいましょう。そうすれば触れますよ」
彼の言葉に鬼沢は慌てた。よこしまな勘違いで、優しい彼を頭の中で汚したのだ。罪悪感で触れるのがためらわれたが、鬼沢が制止する間もなく、彼はすっぽりと鬼沢の足の間に収まって腰をおろしてしまう。
そっと鬼沢を振り向き、にこりと笑う。
「さ、これなら撫でても大丈夫ですよ」
自分を恐れることもなくあっさりと手を重ね、鬼沢の手のひらを抱きかかえた猫に導いた。柔らかな毛並みに触れて、彼が満足そうに笑う。
「ちょっとずつ、こうやって猫に慣れてもらいましょう。ね?」
心臓が強く脈を打った。
猫に触れた感動のせいか、はたまた、彼の甘やかすような声音のせいか。鬼沢自身にもわからない。
しかし、一度そういう目で意識してしまうと、誠実な友人関係なぞどこへやら。あとはもう、転げ落ちていくばかりだった。
そんな彼にこの春、転機が訪れた。
ちょっとした事故で知り合った後輩から、彼の猫と友人の猫を見せてもらえることになったのである。
その後輩は、最近学園を騒がせている外部からの入学者だ。
彼に猫好きだとばれたとき、餌缶をぶちまけたこともあってばつが悪く、つい乱暴なことを言ってしまった。が、後輩は笑って嫌な顔一つしなかった。それどころか「俺の家にも猫がいるんですよ、あとともだちにも猫飼ってる奴がいて……」と自ら機会を図ってくれたのである。
なるほど、不良と恐れられた自分の顔を見ても平然としているし、なかなか肝が据わった良い奴である。おまけにネコ談義ができるなら申し分ない。生徒会の人間が気に入ったのもうなずける。学園に染まっていない分、感覚が自由なのかもしれない。
こういうわけで鬼沢はこの後輩を気に入った。
さて、紹介された友人はこの学園の生徒だったが、二つ下ともなると鬼沢の記憶には無い顔だった。垢抜けず主張の弱い雰囲気がある。清潔さこそ気にすれど、そのほかに自分を着飾ることを知らなさそうだ。
しかしあの後輩の友人ということもあってか、存外喋りやすい性格であった。適度に砕けた態度で、ネコに威嚇されっぱなしの鬼沢をからかい、見せ付けるようにネコと戯れた。それでいて甘やかすのは上手で、鬼沢が猫に引っかかれれば優しく笑いながら丁寧に手当を施してくれたし、触れなかった自分を気遣って「また、いつでも来てください」と言ってくれた。
こういったごく普通の先輩後輩としての距離感はかつて経験したことの無いもので、座りの悪いような落ち着かない気分にもなったが、なかなか悪くない。こちらの後輩も、やはり良い奴である。鬼沢はそう判断し、言葉に甘えることにした。
困ったことになったのは、それから幾日かが過ぎたころだった。
このごろは二人きりで会う事が多かったのだが、一向に鬼沢が猫に近づける兆しが見えず、顔に出さず落ち込んだ鬼沢に優しく彼が言ったのだ。
「俺を抱いてください」と
思わず、思考が停止した。
男だらけの学園にいるせいで、過去このような申し出は何度もうけた。が、まさかこの後輩に言われるとは思っていなかった。良好な友人関係を築けると思っていた矢先だったため、少なからずショックである。正直に言えば、わずかに怒りも覚えた。
その大人しそうな顔の裏で、彼は自分にあばかれ、抱かれたいと思っていたのだろうか。
ふっと、脳裏に彼の乱れた光景が思い浮かぶ。裏切られた気分になり、乱暴にしたい気持ちがもたげた。
ところが、鬼沢の思い込みはまったくの誤解だったのである。
「俺が猫を抱くので、先輩は俺ごと猫を抱っこしちゃいましょう。そうすれば触れますよ」
彼の言葉に鬼沢は慌てた。よこしまな勘違いで、優しい彼を頭の中で汚したのだ。罪悪感で触れるのがためらわれたが、鬼沢が制止する間もなく、彼はすっぽりと鬼沢の足の間に収まって腰をおろしてしまう。
そっと鬼沢を振り向き、にこりと笑う。
「さ、これなら撫でても大丈夫ですよ」
自分を恐れることもなくあっさりと手を重ね、鬼沢の手のひらを抱きかかえた猫に導いた。柔らかな毛並みに触れて、彼が満足そうに笑う。
「ちょっとずつ、こうやって猫に慣れてもらいましょう。ね?」
心臓が強く脈を打った。
猫に触れた感動のせいか、はたまた、彼の甘やかすような声音のせいか。鬼沢自身にもわからない。
しかし、一度そういう目で意識してしまうと、誠実な友人関係なぞどこへやら。あとはもう、転げ落ちていくばかりだった。
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