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3.

 光也君は私に応援してほしいと言い、私は翌週に光也君の家にお呼ばれした。私を養子縁組の証人として、片瀬さんに引き合わせるつもりらしい。
 光也君の家に着くと、あたりまえだけど、そこにはもう片瀬さんもいた。
「こんにちは」
 なんて紳士に笑ってくれたけれど、その顔はちょっと血の気無く見える。
 片瀬さんにとって、私って、かなり微妙な存在だとおもうんだけど……本当にやって来ちゃって、よかったんだろうか。
 光也君は、浮気なんて器用な真似ができる人じゃない。わたしも光也君とやけぼっくいに火が……なんてことは間違っても無い。片瀬さんも、たぶんその辺はわかっているだろう。けど、そういうことを疑ってやきもち妬いちゃうのが恋の盲目ってもんだ。片瀬さんの心を痛めさせるようなことは、私も避けたいところ。

 キッチンが一緒になったせまい廊下からリビングに通されて、私と光也君はちゃぶ台の前に向かい合って座る。片瀬さんが淹れてくれたおいしいコーヒーを飲み、私は光也君の言葉を待つ。
 片瀬さんは気まずいみたいで、同じテーブルに着くことなく食器を片付けたり、コーヒーのフィルターにお湯を注いだりしていた。部屋の中に、インスタントながらも香ばしい匂いがたちこめる。

 やがて、光也君が口を開いた。

「内側にこもって、二人っきりの世界を作るつもりは無いんだ、俺」
 前置きも言い訳がましさもない、力強い口調だ。
「お互いが居ればそれで良い、なんて言って周囲を切り捨てたら……もったいないじゃないか。
 だからさ、少しの人でいいから、知っておいて欲しいんだ。俺たちが恋人なんだってこと。そこではきっと、自然体で居られるから」
 認められたい、とは人の欲求としてとても健全で自然なことだと思う。しかし、それが元カノってのは、なぜなのか。
「どうして私?」
 私が問うと、光也君は当たり前だろ、と笑う。
「家族に認めてもらうことはもちろん一番なんだけど、その次に俺のことよーく知ってるの、お前だから。良いところも悪いところもひっくるめて、お互い見せ合ってきただろ。
 お前に認めてもらえたら、結構大きな自信になるんだ」
 そう言ってもらえるのは、私としても悪い気はしない。光也君との恋はちゃんとそこに感情があったし、本気だったし、とても楽しかった。それを今更否定する気はない。 けれど、片瀬さんからすると、あんまり楽しい話じゃないに違いない。
 それを知ってか知らずか、光也君は私のほうを向いたまま、優しい声音でこう続けた。
「それに、片瀬にも知っててほしいから。俺の覚悟と、好きの気持ち」

 片瀬さんをないがしろにしているわけじゃなく本気だからこそ、私みたいに彼らの過去を知る人間に、告げる。

 光也君の考えにちょっと感動したのもつかの間、そこから先は光也君の大告白大会といって過言じゃなかった。

 自分がいかに片瀬さんを大切にしたいか、彼無しのではどれだけ自分が情けない事になってしまうかを、延々と喋り始めたのだ。
 完全なノロケにあてられちゃってる私もかなりまいったが……
 
 キッチンに居る片瀬さんといったら。

「光也君、わかったから。そろそろ口閉じた方がいいよ」
 とうとう、私はため息を抑えてそう進言した。
「どうした?」
 どうした、じゃないよ。
「あのね、片瀬さん、茹蛸になってる」
 コンロの前でうずくまって、一生懸命耳を塞いでいる片瀬さんの可愛いこと可愛いこと。私に名を呼ばれた片瀬さんはこっちを向いて、恨めしそうに光也君を見た。
「……みつや、お前、ほんと……」
 なんだか、部屋の空気が甘くなってきた。
「あー、私、そろそろ退散するわ。詳しいいきさつは、こんど聞かせてね。そのとき、一緒に判子を押すから」
 空気を敏感に感じ取った私は立ち上がり、そそくさと玄関を目指す。後ろで、光也君の声が呼び止める。
「え、あ、ちょっと」
「大丈夫、二人がお互いのこと好きで好きで堪らないんだなってのは、わかったから。否定なんかしないよ」
 そう、お互いがいかにバカップルかは、片瀬さんの赤い顔を見ればよくわかる。コレを否定して引き裂こうなんて、そんなの私にできるはず無い。
 しかし、しかしだ。

「だけど……この空気で長居できるほど、鈍感じゃないのよ」

 部屋から出てきて駅へ向かう途中、口の中がまだ甘いような気がした。
 片瀬さんの淹れてくれたコーヒーは美味しかったけれど、砂糖を足しすぎたのだろうか。

 いや、きっとそれだけではない。
 あの家はもしかしたら、空気が砂糖でできているのかもしれない。

 口直しに、安い缶コーヒーのブラックでも買って帰ろう。私は心にそう決めた。
--end--

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