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2.

 それからというもの、私たちは以前よりも頻繁に会うようになった。もちろん申し合わせなどではなく、まったくの偶然だ。どうやら光也君がご執心の彼女は私の生活圏に居るらしい。
 ちょうどこの頃、私も片思いだった人と本懐を遂げていた。誤解を招かないためにも他の男性と二人で会うのは避けたいところだったんだけど、偶然なら仕方ないと光也君のお悩み相談に付き合っていた。いや、「悩み」という言葉を使うのは憚られるかもしれない。
 ……私には、ノロケにしか聞こえなかったのだから。

「で、好きだけど結婚できないって言うんだよ」
「なんで?」
「これ以上幸せになったら、なくしたときが辛いんだとさ」
「……」
「俺こそあいつがいなきゃ駄目になるんだ。手放すわけが無いってのに」

 会社帰りの駅でばったり遭遇してしまった。
 今日も彼女のところへ行くらしく、降車した後も途中まで一緒に歩くことになったのだが、その間中、ずっとこんな調子なのだ。

 光也君はとてもまっすぐで誠実な人だから、恋人にはとても優しい。言葉を飾るということを知らない人だけど、その分正直だからかえって恥ずかしいことも言う。しかし意外にも猪突猛進なだけではなく、恋愛については冷静な面も多々持っている。冷めているのではなくて、相手を大切にするために周囲を広く見渡し、支え、包もうとしてくれるのだ。
 そう、どちらかというと光也君は尽くすタイプである。相手からの見返りをあまり期待しない人なのだ。その上、頼られるのはいいけど、自分が頼るのは嫌なのだという。
 私はそれが寂しくて、光也君と別れた。私は、守られるのではなくて、同じ目線でモノを見る関係でありたかったのだ。
 だから、今の光也君を見ているとちょっと変な感じがする。
 光也君は、今の彼女には頼って頼って頼りまくっているのだと言う。そんな光也君を、私は知らない。わたしはそうなりたかったけど、なれなかったから。

 ――私にできなかったことを、している人がいる。

「なんか、見てみたいな、そのひと」
 思わずポツリとつぶやいた。
 まさか嫉妬ではないだろう。光也君への恋は、もう思い出のかなたなのだ。今はちゃんと、他に好きな人が居る。それなのに、すこしだけ、寂しくて置いてけぼりにされたような気になってしまう。結局私は、光也君のことを一番に理解しているなんて、いい気になっていたのかもしれない。思い上がりもいいところだ。
 ほんのすこし自己嫌悪をしている私とは裏腹に、光也君は私のその台詞を待っていたかのように食いついてきた。
「それ、ほんとか?」
「え、あ、うん。会うって言うか、見てみたい。かな?」
 私は自分の失言に慌ててしまったが、光也君はちっとも気にしない様子だ。嬉しさをかみ締めるように片頬を拳で抑え、にやけそうになる顔を隠そうとしている。
「よかった」
 その一言に、私は困惑するしかない。
「だって、お前のお眼鏡にかなったってことだろ」
 私のお眼鏡なんて、光也君たちに関係ないはずだ。いくら元カノだからって、現在の交際関係にまで口を出すつもりは無い。なのに、光也君は泣きそうな顔だ。
「お前に応援してもらったら、すげぇうれしい」
「なんか、変だよそれ」
 とても常識的とは思えない。
「変でも良いんだ。人に否定されたってかまわないけど、やっぱりお前みたいに俺の中身をよく知ってる奴には、認めて欲しいんだ。俺にも、アイツのためにも」
「なにそれ。その口ぶりだと、まるで昼メロか禁断の恋みたい」
 まるで話が見えない。光也君の言うアイツとは、一体どんな子なんだろう。私がからかうように言うと、光也君はちょっと困ったように笑う。
「世間から見れば、そうかもな」
「は?」
 まさか、不倫?
 そんなことを考えた私に光也君が告げたのは、さらに予想を飛び越えた告白だった。

「俺、片瀬と結婚するつもりなんだ」

 光也君の緊張まじりの笑顔を見ると、胸中に浮かんだものはどれも言葉にならなくなった。
 そのかわりに、片瀬さんのあの不思議な笑顔が脳裏をよぎる。
 光也君の隣に立つときの、あのすこし寂しそうな、もの言いたげな、何かを守るような優しい笑顔。
 光也君も今、同じ顔で笑っている。
 私は、あの笑顔が少し苦手だった。そしてその理由が、やっと今になってわかった気がした。
 私は、光也君が取られちゃうんじゃないかって、怖かったのだ。光也君を見るその眼の含む感情に、無意識に気付いていたらしい。

 ――ああ、あの笑みは彼の恋心だったのだ。

 その答えは、私の胸にすとんと落ちてきた。

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