ひ:

@筆跡のせいでなんとなく、ただの紙切れが捨てられない

 「養子縁組する」と片瀬を説き伏せて数日、ようやく話に具体性が出てきた。ネットで調べた情報をプリントアウトし、ダイニングで二人向かい合う。重要そうなところにチェックを入れながら、必要な手順を確認する。
 形としては、俺があいつの籍に入ることになりそうだ。つまり、書類上では片瀬は俺の養親ってことになる。
 別にどっちの籍でも俺たちとしては問題ないんだけど、養子縁組では養親は養子よりも年長者じゃないといけないらしい。片瀬のほうが俺よりも半年ばかり誕生日が早いので、一応片瀬が「年長者」ってことになる。
「じゃあ俺、苗字変わるのかー」
 俺は鉛筆をくりくり弄りながら、メモに「市川光也」と走り書きをした。書きなれた四文字を、ぐるぐる丸で囲む。
 なんだか不思議な気分だ。昔彼女と「結婚したら、私も市川になるんだね」なんてイチャイチャしてたころが懐かしい。うーん、まさか自分が誰かの籍に入るとはなぁ。
「嫌なら、俺がそっちの籍に入るけど」
 片瀬が言う。
 それはつまり、こいつがオヤジの養子になるということだろう。そうすると、俺とは義兄弟になる。籍を一緒にするって点はどちらも同じだけど、俺は首を横に振った。
 俺のオヤジだって、さすがにいきなり片瀬が息子になったら戸惑うだろう。それに親父が死んだ後の相続の問題とかを考えると、片瀬にも相続権が発生してしまうからめんどくさそうだ。
「いーっていーって。俺、片瀬光也になるから」
 俺はさっきの落書きの横に矢印を継ぎ足して「片瀬光也」と書きつなげた。まだしっくりとこないその文字並びに、苦笑する。むずがゆいようなこそばゆいような気持ちになる。
「なんか、変な感じだな」
 照れを隠すように紙を丸めようとしたら、ぴっとその落書きを片瀬に取り上げられた。
 突然の片瀬の行動にびっくりして、おれは片瀬を見た。しかし片瀬はそのメモを後ろ手に隠してしまう。
「何してんだ? お前」
 訪ねると、片瀬はくちごもる。「片瀬?」と再度問いかけると、片瀬の顔が赤くなる。俺より数倍イケメンの癖に、なんでこんな可愛いのかね、こいつは。しかも言うこともこれまた可愛いのなんのって。

「……お前の字で『片瀬光也』って書かれてるから……」

 もったいなくて、とばつが悪そうにつぶやく片瀬に、俺はぷっと吹き出した。
「お前って、ホント俺のこと好きだよなぁ」
 ケタケタ笑うと、片瀬が「当たり前だ」とむくれて言う。あぁ、ばかだなぁ。こいつ。
「そんなの、これからいくらでも書いてやるのに」

『片瀬光也』

 まだまだ慣れないその四文字が、とても愛しいものに思えた。

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