比較的過ごしやすい午後の日。仕事は夕方からのキルティは、買い物をしようと下町へとくり出した。

外は快晴だからか、大勢の子供が駆け回りながら遊んでいる。いつもと変わらず平和な日常に、キルティの顔が思わず綻ぶ。
子供たちの横を通り、キルティは食材を買おうと行きつけの店へと足を運んだ。キルティを見つけた途端、店の主は身を乗り出して楽しそうに話を切り出す。


「キルティ!昨日騎士団相手にやらかしたんだって?」

「もう話が回ってるの?全く…」

「おう、ユーリが言ってたぜ?」

「!」


ユーリ?その名前を聞いてキルティは端正な顔を思わず歪めた。何故など愚問だろう、彼女にとって今一番耳にしたくない名前だ。もちろん一番会いたくない相手でもある。

有り得ないわあいつ、と昨日されたことを思い出し沸々と沸き上がる苛立ちにキルティは拳を作った。出来ることなら昨日の記憶を全て失くしたい。


「もう二度と会いたくないわ」

「それは聞き捨てならねぇな」

「そう…って、は!?」


突然後ろから聞こえた声に、キルティは勢いよく振り返った。そこにはたった今、一番会いたくないと心から思っていた人物がニヒルな笑みを浮かべて立っていて。

キルティは眉を寄せて、何なのよと呟いた。


「何なのよ、って人間だけど」

「見たら分かるわよ、変態」

「オレは変態じゃなくてユーリって立派な名前があるんですけど」

「あ、そ」


予定変更。今日は家に帰りましょう。
おじさん、また来るわと店の主にひらひらと手を振ってキルティはさっさとその場を立ち去る。

家に帰ったら何をしようかしら…。読書でもしようかしら。そういえば読みかけの本がまだあったはず…

しばらく歩いた時、ふと後ろから人の気配を感じキルティはまさかと立ち止まった。そして、キッと瞳を細めて後ろを振り向く。


「あんた、変態な上にストーカーなわけ?救いようがないわね」

「生憎オレの家もキルティと同じ方なんで」

「気安く名前を呼ばないで」


あんたに構ってると日が暮れそうよ!
ふん、とキルティが前を向いて一歩踏み出した時だった。


──ガクンッ!


「きゃっ…!?」


踏み出した場所が悪かったのか、思わず足を捻ってキルティは地面に倒れる。ヒールが高いのを履いてきたのが間違いだったみたいと、心の中で小さく後悔した。
いたたた…と脚を摩れば、キルティの上から降ってくるのは笑い声。すごく楽しそうに自分を見ているユーリを、これほどかというほどに睨みあげるキルティ。


「何よ」

「いや、強がりなキルティが可愛い悲鳴あげながら地面に倒れるなんておかしくってな」

「最っ低。変態でストーカーで鬼畜」

「はいはい」


キルティの罵声などさも気にしてないかのようにユーリはキルティに手を差し出した。一方キルティはその手の意味が分からずただ眉を寄せる。ユーリは再び笑った。


「手、貸してやるって言ってんの」

「…別になくても立てるわ」

「本当、可愛くないお嬢さん」

「それはどうも」


ユーリの手を借りず、キルティはゆっくりと立ち上がる。
ほら全然大丈夫なんだから。そのまま帰ろうと一歩歩いたその時。

──ズキ…

「っ…」


まさか、上手く歩けない。強く捻ったかしらとキルティは痛みに顔を歪ませる。しかしこのことをユーリに知られでもしたら絶対に笑われるに違いないと、キルティは平然を装った。こいつは鬼畜だもの、絶対に知られてたまるもんか!と、たったそれだけの意地がキルティの足を動かす。


「大丈夫か?」

「あんたに心配されなくてもこの通り、ちゃんと歩けてます」

「ほぉ…」


ユーリの含みのある笑いにキルティは思わずたじろぐ。


「な、何よ」

「キルティって」


そしてユーリは、キルティの捻った足首をやんわりと蹴り上げた。


「!!」


やんわりと、であったが捻った足首に対してであれば効果は絶大で。あまりの痛みにキルティはしゃがみ込んで足首を摩る。
こいつ本当に有り得ない、鬼畜ってレベルじゃない!キルティは抗議の言葉をあげようと口を開く。

しかしその口はユーリの手によっていとも簡単に塞がれ、片方の手はキルティの腰に回る。
は?と目を見開くキルティの耳元でユーリは囁いた。


「嘘、下手すぎ」

「!」


かああっとキルティの顔に熱が集まる。恥ずかしさのあまり、すぐ傍にいるユーリを突き放そうと胸板を押すがびくともしない。
な、なんなのよ!ほのかに色づく頬を隠すようにキルティはそっぽを向いた。


「離してよ」

「却下。離したらその捻った足で家まで帰るんだろ」

「そうするしかないじゃない!」

「怪我しても威勢の良さは変わらないってか、」


よっこらせ、とユーリはキルティを支えながら立ち上がる。ちらりとキルティがユーリの方を向けば、紫の瞳とばっちり視線がかち合った。


「足、痛いんだろ?」

「う…」

「オレが送っていってやるよ」


ユーリの有無を言わさないような口調に、キルティは諦めたように口を噤んだ。
一体何なの?私を楽しそうにからかったと思えば助けたりして…


「早くオレの腰に手を回せ。行くぞ」


仕方なく、本当に仕方なさそうにキルティはユーリの腰に手を回した。華奢だと思っていたがやはり男なのか割とがっちりしていると、彼女はいささか驚く。


「……ありがと」


ぽつりと、聞こえるか聞こえない程度でキルティが呟いた。礼を言うなんて、死んでもしたくなかったけれど。
すると頭上から小さな笑い声が聞こえて、どういたしましてと返された。

…もしかしなくてもちょっとはいい奴なのかもしれない。


「お礼はまたキスとか言わないでしょうね」

「お、察しがいい」

「……」



前・言・撤・回!
くたばりなさい!とキルティは隣にいるユーリの左足を思い切り踏みつける。
いてぇっ!と可愛くない悲鳴が下町に響いた。


行きは一人、帰りは二人

(キルティの家はここか)
(そうだけど…何)
(夜這いにでも来てやろうか)
(…懲りないのね)(ちょ、待、ぶっ!)


(20120209)






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