人生っていうのはいろいろなことがあるもの。
嬉しいことも、楽しいことも、悲しいことも、もちろん頭にくることも。

今目の前にいる男たちによって引き起こされているのは、一番後者。



「おい!酒を出せー!」

「ギャハハ!女はいないのかぁ!?」



帝都ザーフィアス、その下町にある小さなバー。そこに突然現れた騎士団の男たちにバーのオーナーは困り果てていた。
帰れと言えば暴力を振るわれる。かといって言われるがまま酒を出し続ければ、もちろん代金など払う気はないのだろうから商売あがったりだ。更に好き放題やってくれているので他の客は逃げてしまう。いつもはまるで高貴なる騎士様である自分たちとは違うと、下町のことを汚れた物を見るかのようにして寄りつきもしない癖に。全く、どうすればいいものか…

すると頭を抱えたオーナーの隣を、誰かが足早に通り過ぎた。
緩く巻かれた淡いピンクの長い髪は、歩く度にふわりと揺れる。まるでガラス玉のように透き通った空色の瞳は、標的を射るかの如く細められた。スカートから覗くすらりとした脚、思わず目で追ってしまいそうになるくらい魅力的な容姿。

しかし彼女の向かう先は。あろうことかオーナーを悩ませている張本人たち。


「キルティ!?」


キルティ──と呼ばれた彼女はオーナーの呼び掛けすら無視し、今の自分の気持ちを表すかのようにカツカツと大きくヒールを鳴らし歩く。
そして問題の騎士団の男たちの前でその足を止めた。


「お、なんだいい女がいるじゃねぇか!」

「脱げ脱げ!」


案の定、べろんべろんに酔っている男たちに絡まれるキルティ。オーナーはもちろん、その様子を不安そうに見ている客。
騎士団の男たちを追い出したい、彼女を助けたい。そう思っても普段鍛えている騎士団と一般人の力の差は歴然で、更に彼等に歯向かえば後から自分の身に何が降りかかるか分からない。
己の無力さと騎士団への苛立ちに唇を噛み締め、ただ黙って見ていることしか出来なかった。

一方、騎士団の一人の男がキルティの細い腕に手を伸ばし掴む。男の瞳に映るものはもちろん下心。


「遊ぼうぜ、姉ちゃん」


誰も止める者はいない。そしてキルティも抵抗する様子はない。

男はそれに気をよくしたのか、もう一方の手をキルティのふくよかな胸に伸ばす。その瞬間だった。


──パァンッ!


「!?」


一体何が起きたというのか。
彼女らを見ていた者たちは思考回路が上手く追いつかない。
視界に入ったのは、自分の胸に手を伸ばした男の頬を容赦なく引っ叩いたキルティ。とても痛そうな渇いた音がすぐに頭の中で響く。

ま、まさか、あろうことか下町の娘が騎士団の男を引っ叩いた…?

それを理解した瞬間、見ていた者はサーッと血の気が引いたのが分かった。


「この女ァ…!牢に入れられたいのか!?」

「ご自由に。その前にここから出て行って頂戴」

「なんだとォ!?」

「目障りで仕方がないの」


憤怒する騎士団に臆することなく、キルティの凛とした声が紡ぐ言葉はまさに売り言葉に買い言葉。
確かにキルティのおかげでざまあみろと少しはすっきりとした気持ちになる。が、しかし何てことを言うんだと見ていた者は冷や汗を流した。このままでは彼女は本当に牢屋送り、いや、それよりも酷い仕打ちをされるのではないかと。


「痛い目に合わないと分からないようだな、姉ちゃん」

「汚い手で触らないで」

「かわいくねぇ女だ。ちょっと外まで出てもらおうか」


離しなさいよ!とキルティは抵抗したが、所詮は女の力だ。勝てるはずもなく、騎士団の男たちに拘束され、外へと続く扉の方へと引きずられるようにして連れて行かれる。


「キルティ!」


するとそれを黙って見ていられなかったオーナーが飛び出し、男たちに突っ込んで行った。しかし一人の男が邪魔だと言わんばかりに、オーナーの腹部に鋭い蹴りをお見舞いする。目の前でそれを見たピンクの彼女の顔が一気に青ざめた。


「オーナー!っ…この汚い手を離してって言ってるでしょう!」

「威勢のいい姉ちゃんだ」

「調教のしがいがあるな」


呆気なく崩れ落ちるオーナーを見て、盛大に笑う騎士たち。彼女は悔しさに唇を噛んだ。

どうすれば、この男たちを…!




「笑えるな」




突然、カウンター席の奥の方から笑いを噛み締める声が聞こえ、一斉に視線がそこへと集まった。

そこにいたのは長い黒髪を持った青年。
氷のみ入ったグラスを回しながら、その場の雰囲気に不釣り合いな笑みを漏らす。当然それが騎士団の男たちの気に障るのは当たり前で。


「何が笑えるんだ、そこの男」

「職権乱用ってやつ?下っぱのくせによくそんなことできたもんだなと」

「なんだと!」


酒の勢いのせいか、もしくは図星だからか、一人の騎士がとうとう剣を抜いた。周りからは小さな悲鳴が聞こえ、店内はどよめき始める。
剣を構えながら自分に向かってくる騎士に、やれやれと青年は溜め息をつきグラスを置いた。


「だから嫌なんだよ、騎士団は」

「!」


青年に向かって行った騎士は、剣を振りかざしたところで倒れた。
またもや何が起きたのか、と周りの者は目を瞬かせる。青年は自分の持っていた剣の柄で男に見事峰打ちをくらわせたのだ。

そこでキルティの腕を掴んでいた一人の騎士が、何かを思い出したかのように顔を青ざめさせながら叫んだ。


「あいつ…まさかユーリじゃないか!?」

「それってフレンの親友とかいう…」

「今日は引くぞ!お、覚えておけよ!」



キルティの腕を離し、倒れた男を引きずりながら、騎士団の男たちはあっという間に店を出て行った。
途端、嵐が去った後のように静かになったバー。真っ先にキルティは倒れたオーナーに駆け寄り、無事かを確認した。笑みはどことなくぎこちなかったが、大したことはないよとオーナーが呟けば、キルティは安堵の息をもらした。
すると頭上から聞こえたのはクツクツと喉を鳴らし笑う声。不愉快そうにキルティは顔を上げる。


「何がおかしいの」

「いや、随分と強いお嬢さんだと思って」


この危機的事態を救った英雄でもある黒髪の青年──ユーリだが、嫌みったらしいと、キルティはスッと立ち上がる。そして空色の瞳でユーリを躊躇いもなく睨んだ。


「おっと、恩人に礼はなしで睨むってのは人間としてどうかと思うぜ?」

「あんたに助けてって言った覚えはないもの。礼を言う筋合いはない」

「最低だな、お嬢さん」

「あんたこそ、最低」


ハッとユーリは鼻で笑った。本当、可愛くない女だこと。


「でもこれじゃあボランティアになっちまうからな」


別に見返りが欲しくて助けたわけじゃない。しかし礼の一つも言われず、睨まれるだけとなれば話は別だ。
ユーリはキルティを見て、何か思いついたように口角を上げた。ユーリを睨んでいたキルティがそれに気付いて危険を察知したが、不意に近づいた顔にそれは手遅れで。



「褒美はキスということで」


人生ってのはいろいろなことがあるもの。
嬉しいことも、楽しいことも、悲しいことも、もちろん今みたいに最強に頭にくることも。

離れる際に舐められた下唇をキルティはグッと噛み締め、してやったりという顔をしたユーリの頬に思い切りビンタをかました。



素敵?いえ、最悪な出会い

(最っ低!二度と来ないで!)


(20120209)






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