「セリアー!こっちも頼むよ!」

「は、はい!」



忙しそうに城の中を駆け回る女中たち、兵士らが何事だ?と首を傾げる中、どう見ても女中の格好ではない翡翠色の髪の女の姿がそこにはあった。彼女の両手には収まりきらないほどの毛布、よろよろとぐらつきながらも必死に城の入り口へと走っていく。それは彼女だけではなく女中たちも同じで、救急箱やマットを持って切羽詰まった表情で廊下を駆けて行く。何やらただ事ではなさそうな雰囲気に、兵士は横を通り過ぎようとする翡翠色の髪の女に思わず声をかけた。



「おい、一体何があったんだ?」

「魔物討伐に行っていた兵士たちが重傷を負って帰って来たんです!」

「!!」



アンタ達もぼーっとしてないで働きな!と、女中の長の張り上げた声を背中で聞きながら翡翠色の髪の女、もといセリアは再び全速力で駆ける。そして痛みに蹲っている兵士に寒くないよう毛布をかけ、治癒術を施す。すぐに温かく柔らかな光が兵士を包み込み、そして傷をあっという間に癒してゆく。完治まではいかなくとも致命傷でさえもほぼ癒してしまうセリアの洗練された治癒術に、治療専門の者ですら驚きに目を見張るほどだった。



「セリア!こっちもお願い!」

「はい!」



彼女が駆け回る度に透き通った翡翠色が揺れる。雪のように白い肌に伝う汗を拭いながら、セリアは呼ばれた方にいる兵士の前に膝をついて手をかざした。



「(これは酷いわ…)」



鋭い牙を持っている魔物にやられたのだろうか。思わず目を背けたくなるほどの傷にセリアは眉を寄せ、手先に意識を集中させた。対して兵士は怖かったのか、それとも痛みからかボロボロと涙を流しセリアを見る。その光景にセリアは鈍い赤の瞳を見開き、脳内から掘り起こされた自分の記憶に重ね合わせた。


──「いや…死なな、いで…」


この辛くて歯痒くて堪らない気持ちを知っている。あの時、あの人を救えなかった自分の不甲斐なさに絶望した。治癒術が使えたら、自分に戦う力があったならと力を望んだ。もうあの時の思いをするのは…懲り懲りだ。



「死なせはしない…!」



最早、猫を被ることさえも忘れてセリアはありったけのマナを注ぎ込んだ。僅かではあるが、兵士のえぐられた傷が段々と塞がっていく。痛みも引いてきたのか、泣きやんだ兵士は汗だくのセリアをぼんやりと見ながら口を開いた。



「申し訳ない…魔物は…」

「…陛下とウィンガルが少数の部隊を連れて討伐に向かったわ。安心して」

「そう、か…」



それを聞いて安心したのか、兵士は穏やかに瞳を閉じた。まさか、とセリアは慌てて兵士の手首を握る。微かだがトクン、と脈打つ鼓動に彼女はホッと胸を撫で下ろしてまた治療に集中した。



「これなら…安心ね…」



さっきまで見るに堪えない傷がほとんど塞がったことに安堵して、セリアは近くにいた女中に包帯を巻いてほしいと頼んだ。乱れた呼吸を整えるように、何度も深呼吸をする。拭いでも拭いでも次々と頬を伝い、床に落ちる汗。眩暈なのか、ぐらつく視界にしっかりしなさいと自分を叱咤し、セリアは立ち上がった。



「セリア、アンタのおかげだよ。ここに運び込まれた兵士は誰一人死ななかった」

「女将さん…」

「アンタはしばらく休みな。…ったく、そんなになるまでマナを酷使するなんて」

「いえ、私は…大丈夫です」



セリアが引き攣ったような笑みを見せると、女将は大丈夫じゃないだろ!と容赦なく怒鳴る。確かに上手く笑えないほど体力を消耗したかもと今度は苦笑すると、女将は更に怒鳴りまるで般若のような顔をしてセリアに迫った。思わず声を漏らし笑うセリア。



「笑ってる場合かい!あたしゃ休みなって言ってんだ!」

「だから大丈夫ですよ。ほらまだ仕事はいっぱい残って、」


いるんですから。


ぐらり。セリアは一瞬、何が起きたのか分からなかった。しかし、反転する視界に耳に入るのは甲高い叫び声と自分の名。そして全く力の入らない体で自分に起きている事態を悟る。何してるの、まだここで倒れるわけにはいかないでしょう。

しかしその思いとは反比例するかのように容赦なく持っていかれる意識。セリアは悔しさに唇を噛んで、深い闇に意識を落とした。




(20111130)

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