見渡す限りの灰色の空から延々と降り注ぐ雪、息は軽く吐いただけで白くなり、一瞬の内に宙へと溶けて消える。いつもと変わらないカン・バルク、ガイアス城の前にウィンガルとセリアはいた。檻の中で大人しくしているワイバーンを目の前にしながら。

シャン・ドゥに用事が出来たからついて来いと言われて素直に従うことにしたのはいいものの。セリアはまさか、とウィンガルを横目に見やる。ウィンガルはセリアのその怪訝そうな視線に気付いたのか、呆れたように息をつきながらもワイバーンを檻から出した。そのワイバーンが嬉しそうに小さく鳴いたのを見て、セリアはピクリと片眉を吊り上げる。



「なんだ。ワイバーンが怖いのか」

「そんなわけないじゃない。ただ…本当にこの子に乗ってシャン・ドゥに行くの…?」

「当たり前だ。徒歩で行くとでも思っていたのか」

「う…だって…」



明らかに動揺し、言葉を濁すセリアに珍しいこともあるものだとウィンガルは心の中で思う。自分はセリアの本性を知っているが、その中でこうやってうろたえている彼女は見たこともない。ワイバーンの頭を撫でながら困ったように苦笑しているセリアを鼻で笑い、ウィンガルは手慣れたようにワイバーンの背に乗る。



「時間が惜しい。早くあちらのワイバーンに乗れ」

「わ、私は…徒歩で行っていいかしら?」

「俺の話を聞いていたか?時間が惜しいのだ」



ウィンガルは何を馬鹿なことをとセリアを咎めるが、彼女は一向にワイバーンに乗ろうとはしない。コイツは一体何がしたいのだ?漆黒の髪を揺らし、ウィンガルは見下すようにセリアに冷たい視線を投げかけた。ワイバーンの頭を躊躇いもなく撫でてた辺り、本当にワイバーンが怖いわけではないのだろう。では何故?

先程よりも雪が強まってきたのか、視界が悪い。本降りになる前にここを離れたいとウィンガルが灰色の空を仰いだ時だった。ああ、そういうことか。漆黒の彼は納得したようにもう一度鼻で笑ってみせる。何を言われるか感づいたのか、セリアはギクリと顔を引き攣らせた。



「空を飛ぶのが怖いのか」

「うっ…わ、悪い!?高いところは苦手なのよ!」



かぁっと恥ずかしさからか顔を真っ赤に染めるセリアに、ウィンガルは思わず小さく声を漏らして笑った。それが不快だったのかセリアはウィンガルを睨み、口を尖らせる。気の強い彼女が何も反論しないということは最早言う言葉もないのだろう。しかしこうして不貞腐れられ続けても日が暮れるだけだと、ウィンガルはセリアに向かってぶっきらぼうに手を差し出す。セリアの目が点になった瞬間だった。



「全く間抜けな顔だな」

「うるさいわね…だって何なのこの手」

「俺の後ろに乗れ。反論は聞かん」



このままだとお前はずっとそこに居座り続けるのだろう?そう言い、ウィンガルは催促するように手を一度小さく揺する。もう何を言っても無駄だと思ったのか、もしくは腹をくくったのか、セリアは緩く首を振って差し出されたウィンガルの手を恐る恐る取った。この男、あとで覚えてなさいよ。

そんなセリアの苛立ちの視線など気にもせず、彼女が自分の後ろに座ったのを確認したと同時にウィンガルは綱を引きワイバーンに飛ぶように促す。大きな翼をはためかせ、宙に浮いたワイバーンにセリアは顔を引き攣らせて思わずウィンガルにしがみついた。



「セリア、離れろ。俺を絞め殺す気か」

「だ、だって、そんなの無理よ、大体なんでここまでして私を──」



連れて行こうとするの。

セリアの言葉は最後まで紡がれることなく悲鳴に変わった。ワイバーンが軌道に乗り、スピードを上げて空を飛び始めたからだ。

有り得ない、有り得ない、死ぬ!セリアは涙目になりながらもウィンガルの腹に回した両腕に更に力を込めて、ピッタリと彼の背中に自分の体を寄せた。この際胸が当たっているとかどうでもいい、とにかく振り落とされないようにするのでいっぱいいっぱいだ。



「耳元で喚くな。直に慣れる」

「貴方、本当に鬼なのね…!慣れるなんて無理よ!」

「ではもっと腕の力を緩めろ。俺が落ちそうだ」

「うっ……」



頼みの綱はこのウィンガルのみだ。落ちてもらっては困ると躊躇いがちに腕の力を緩めるセリア。それでいいと耳元でウィンガルが小さく笑った気がした。



「(ああもうなんか…調子狂うわ…)」



ウィンガルの背に頬を寄せてハァとセリアが溜め息をつく。まさかウィンガルにしがみついて空を飛ぶとは思ってもなかった。きっとこの男は私が高所恐怖症でも一人でワイバーンに乗れと血も涙もないことを言うと思っていたから。



「(それに…)」



見た目よりも幾分広かった背にセリアは思わず、ウィンガルが男だということを意識してしまう。もう子供じゃないのにこんなことで意識してしまうなんて本当、らしくないわ。煮え切らない気持ちを抱きながら、セリアは早くシャン・ドゥに着いてほしいと願うばかりだった。




らしくないのはお互い様



(帰りは徒歩で…)(……)(…いえ、何でもないわ)


(20111120)

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