カン・バルクはこんなにも寒い街なのか。


はぁ、と冷えた手に息を吹きかけてセリアは空を仰いだ。降り止むことのない雪に容赦なく体温は奪われ、指先が真っ白に染まる。白い息は彼女の呼吸のリズムに合わせ、宙に吐き出されては消えた。とにかく一刻も早く温かい場所をと切実に願う彼女。しかしセリアにはその場から動けない理由があった。


「早く…」


城門の前でキョロキョロとまるで不審者のように視線を右往左往させるセリア。そう、彼女には待ち人がいるのだ。しかしその待ち人は、今にも凍え死にそうな彼女の前に現れる気配すらない。ここで待てと言ったのは紛れもない彼だ、しかもそれも約30分前に。

まさか凍死させる気なのか。有り得ない話でもないとセリアは苦笑した。


「随分と嫌われたものね」


初対面であの言われ様、そしてここに来るまでも警戒心は途切れることなく私に向けられていた。陛下の右腕である以上、少しでも疑えるものは心を許すなということでしょう。その気持ちは分からなくもないけど。
明らかに厄介者扱いする冷めた瞳を思い出したセリアは、もう一度苦笑する。


「でも…」


腰に下がる剣をぼんやりと見つめるその鈍い赤の瞳はゆっくりと細められ、真っ白な指がその剣の柄に置かれる。そう、せっかく掴んだチャンスだ。ここで台無しにすることは出来ない。視線を落としてほんの少しの時間を待てば、僅かに聞こえてきた雪を踏み締めるような音にセリアは待ち侘びたと言わんばかりに顔を上げた。

やっとお出ましなのね。白銀の世界にはいささか似合わない漆黒の男が自分の方へと向かってくるのを見て、セリアは少しばかり頭を下げた。



「お待ちしておりました」

「……」



相変わらず冷めた眼光がセリアを鋭く射抜く。セリアは顔にこそ出さなかったが、彼に対し若干頭にきていた。こんな寒い所でずっと待たせたくせにすまないの一言もなし?嫌な男。しかしウィンガルは自分の上司であり、そして自分もそんなことでブーブーと文句を垂らすほどもう子供ではない。セリアは苦虫を潰したような顔をする代わりに微笑んでみせた。

しかし微笑むセリアとは裏腹に、苦虫を潰したような顔をしたのはウィンガルの方だった。



「いい加減やめろ」

「…はい?」

「その愛想笑い。そして猫かぶりの態度。見てて嫌気がさす」



セリアは大きく目を見開いた。そして一瞬考えるような素振りを見せると、首を傾げ不思議そうにウィンガルに問い掛ける。



「どういう…ことですか?」

「そのままの意味だ。お前は言葉もろくに理解出来んのか」



腕を組んだウィンガルの睨みは一層増し、今にもセリアを射殺さんという勢いで。ああ、この人に誤魔化しは通用しないか。ふとそう思ったセリアは突然笑んだ。しかしそれは先程見せた柔らかい笑みではなく、酷く冷たさを持った笑みで。先程の愛らしい笑みを浮かべた彼女とは全くの別人なのではないかと疑うほどのその冷たい笑みは、もちろんウィンガルへと向けられた。

しかしウィンガルはそれに何らかの大きな反応を見せることなく冷たい瞳で彼女を一瞥して、剣の柄にそっと手を添えた。
陛下を騙せたとしても自分は騙せない。彼女の柔らかく微笑む笑みの中に恐ろしく冷めた物を常に感じていたウィンガルは、セリアの笑みが本当に不愉快だった。



「呆気なく本性を現したものだな」



鞘から鋭い銀の刃を抜き、ただ躊躇いもなくセリアの喉元にそれを突き付ける。一方セリアは動じることなく、その鈍い赤の瞳でウィンガルを睨んだ。未だ口元は弧を描いたまま。

そしてその形の良い、思わず触れたくなるほどの魅惑的な唇から吐き出された言葉。それは彼女の鈴のように透き通った声で紡がれることはないであろうと、否あっては欲しくないと思いたくなるくらい非常に挑発的な言葉だった。






「私をこの場で殺します?参謀殿」

(20111028)

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