ウィンガルは頭を抱えた。

頭痛はしないことはないのだが、それは体調不良によるものではない。と、すれば原因は何なのか。彼の目の前で繰り広げられる光景を見れば容易に理解できるものだった。



「王の狩場に女一人で行く奴がいるか…」



それは約三十分前に遡る。このア・ジュール国の王であるガイアスと共に王の狩場に来たウィンガル。王の狩場という名称で大体どういう場所なのか察することができるであろう、そうここにはおびただしい魔物が生息している。ガイアスにかかれば何ということはないが、一般人にしてみれば魔物は脅威だ。なので立入禁止にしているわけではないが、暗黙の了解でここに近づく一般人はほぼいない。いるとすれば賊や腕の立つ者、あるいは…



「…迷子になって入り込んできた女子供」



そうして今に至るわけであり、ウィンガルは大きく息をついた。年に一回、あるかないかのことだ。今回は自分たちがたまたま居合わせたからよかったものの。ウィンガルは魔物に取り囲まれて身動きが出来なくなっている一人の女を冷めた瞳で見ながら、隣で赤が長刀を鞘から抜いたのを視界に入れる。

あの魔物の数ならガイアス一人だけですぐに片付くだろう。そう思ったのもつかの間、ウィンガルの目に飛び込んできたのは予想だにしない光景だった。


さっきまで魔物に取り囲まれて怯えていた女がどういうことか、剣を抜いて魔物と戦いだしたではないか。それも軽やかな動きで次々と魔物を撃破する所を見ると、どうやらかなりの腕らしい。何にも動じないガイアスでさえも立ち止まり、目を見開いて傍観するほど衝撃的だったその光景は彼女の勝利であっという間に終わった。

剣を鞘にしまうと、そこで女はやっとガイアスとウィンガルの視線に気付いたらしい。僅かに頭を下げて透き通るような翡翠色の髪を揺らした。



「名は?」

「セリアと申します」



歩み寄るガイアスの問い掛けに翡翠色の髪の女──セリアは屈託のない笑顔で名乗る。歳は24、5辺りだろうか…ガイアスより少し暗めの赤の瞳、艶やかな唇、しなやかな身体の線。思わず自分の部下を連想させる彼女にガイアスはもう一つ問う。



「何故ここにいた。それも一人で」

「あぁ、それは…えぇ…」



ガイアスの問いにどもり出した彼女にウィンガルは眉を寄せた。まさかあの実験のことを嗅ぎつけてきたのか?しかしあそこはとうの昔に閉鎖した、今はもう何も目敏い物は残ってはいない。そんな疑うようなウィンガルの視線に気付いたのか、セリアは困ったように笑って頬を染めながら呟いた。



「実は仕事をクビになってしまって…それでふらふらと仕事を探して旅をしていたんですけど…」

「カン・バルクに行くつもりが何故かここで迷子になったみたいで…」

「……」



すいません方向音痴なんです、と恥ずかしそうに俯くセリアに呆れてものも言えないウィンガル。どうしたら王の狩場とカン・バルクを間違えるのだこの女。しかしそんなウィンガルに対してガイアスは面白いと僅かに笑み、腕を組んだ。



「セリア、仕事を探していると言ったな」

「は、はい…」

「なら俺が雇おう。先程の剣さばき、見事であった」

「陛下!?なりません!」



嗚呼、嫌な予感がすると思ったらやはり。ウィンガルはガイアスの案にすかさず反論する。当のガイアスは何故だという風にウィンガルを見たが。



「どこの馬の骨かも分からないこの女を雇うなど危険極まりない。ラ・シュガルのスパイだったらどうするのです?」

「貴方、本人の前で失礼なこと言うんですね」

「素性の知れない者を警戒することの何が悪い」

「ならばウィンガル、」



睨み合う二人を横目にガイアスはもう一つ案を出そうと口を開く。長年の付き合いだ。意識せずともなんとなくガイアスの意思を汲み取れてしまうウィンガルは、先程よりも嫌な予感にピクリと眉を動かした。まさかこの人は、



「お前の下につかせよう。本当にスパイであるのかどうか、お前自身が見極めればいい。それで文句はないだろう。セリアも」

「はい…!ありがたき幸せ…!」



ガイアスにお辞儀をしてセリアは嬉しそうに目を細めた。一方ウィンガルは納得がいかないのか、セリアをその鋭い眼光で一瞥して小さく息をつく。文句はない?当然有るに決まっているだろう。しかしもう反論はしない。王の決めたことだ、それに今反論したとしても最早聞き入れてはくれないだろう。こういう所は頑固で困る。



「あの、よろしくお願いしますね」



差し出されたセリアの細く綺麗な手。もちろんそれに自分の手を重ねることはない、これから待ち受けるであろう更に多忙になる日々にウィンガルは本日二度目の頭を抱えた。



彼から見た彼女の第一印象
(厄介者)


(20111016)

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