「セリア!!お前は何度言ったら俺の言う事を聞くんだよ!」 低く、大きな声を張り上げ翡翠色の短髪を持った長身の男は、自分を睨み上げている女を見下ろした。彼女の手には剣が握られており、よくよく見ればその彼女の細い指にはタコが出来ている。 あれほど剣を扱うなと言ったにも関わらず、このバカは。 異様な威圧感を放つ長身の男に対し、彼女はもう慣れてしまったというかのように小さく息をついた。彼と同じ鈍い赤の瞳は微塵も揺らぎはしない。握っていた剣を更に強く握り締め、彼女は反論するべく大きく口を開く。 「兄さんこそ!自分の身ぐらい自分で守れるようになりたいって言ってるじゃない!この頑固者!」 頑固者。そう言われ、男の口端がひくりと動く。こっちは心配して言ってやっているのに何だその言い草はと言わんばかりの形相で、男は彼女の頭に手を置いた。いや、掴んだと言った方が正しいのかもしれない。 「兄ちゃんに口答えするってんのか?いい度胸じゃねぇか」 「何よ、なんなら勝負する?」 「バーカ。妹に剣を向ける兄貴がいるかってんだ」 不意にわしゃわしゃと髪を掻き回されたセリアは、彼の逞しい腕を恨めしそうに振り払う。楽しそうに声高々と笑う自分の兄に怪訝そうな顔を見せるが、馬鹿らしくなったのかついにはセリアもつられるように笑い出した── 「!!」 ハッと、セリアは目を見開いた。視界に入るのは見慣れた天井、背には柔らかいベッドの感触。何度か瞬きをすれば状況を把握したのか、はぁぁと戸惑いを混じえて彼女は深く息をついた。 昨日の酒の所為か。いや、もしくは…。あれは随分と昔の夢だった。それも自分が兄に隠れて剣の修業をしていた時の。 額の上に腕を置き、まぶしい朝日に瞳を伏せる。自分を呼ぶ懐かしい声が心の奥で聞こえた気がして、眉を寄せて唇を噛み締めた。 ああ、朝に弱い自分を鼓膜が破れるような大声でいつも起こしてくれてたっけ。あの頃は煩わしくて堪らなかったけれど、今はとても恋しい。もう二度と聞けないと分かっているから、その思いは尚更膨れ上がる。 「……なんて辛い夢」 急に目の奥が熱くなり、胸が締め付けられる感覚に思わず自嘲するように笑んだ。これは戒めなのかもしれない。ほんの少しでも決意を揺らがせてしまった愚かな自分に対しての。 重たい腰を上げ、ベッドから降りる。僅かに頭痛がするが、これくらいなら難なく過ごせそうだ。机の上に置いていた、鮮やかな青色の羽飾りがついた髪飾りを両手で包みこみ胸に当てる。 「大丈夫。私強くなったのよ兄さん…」 手慣れた手付きで緩く結った髪にその髪飾りをつける。ふと、鏡に映った自分を見てセリアはパンと両頬を叩いた。長い睫に隠された鈍い赤の瞳。その奥で微かに存在していた、漆黒を身に纏った男を掻き消す。 そして愛用の剣を腰に刺し、静かに歩き出した。 私は、道化。人の心を奪っても自分の心は奪われない、人の心を知っても自分の本当の心は見せない。今までだってそうして生きてきたのだから。 暖かい朝日の光に包まれながら、セリアは扉を開く。彼女の瞳は、揺らぐことなくただ前を見据えていた。 (20120126) |