「話は聞いているぞセリア。感謝している、しかし無理はするな」

「お心遣いありがとうございます。私は大丈夫ですので」



会釈をしてそれでは、とセリアは柔らかな笑みを浮かべ謁見の間を後にした。こんなちっぽけな女兵士にまで気遣って声をかけてくれるとは陛下はなんと器の大きい方なのか。漆黒で身を包む男とはまるで大違いだとセリアは肩を竦めながら足を進める。いけない、そもそも陛下と比較するのが間違いだったわ。

しかしそこで自分の上司を思い出したセリアは、そういえば長らく会っていない気がすると考えるように首を傾けた。さっきも珍しくガイアスとは一緒にいなかった、それに彼等が魔物を退治して帰って来た時には寝込んでいたのだ。もう体は全快に近い、仕事をしないで部屋に籠っているだけでは体は鈍ってしまう。



「どこにいるの…かしら」



ならば自分から仕事をもらいに行くだけだ。ただし、自分が冒した失態に嫌味を言われるのを百も承知で。そこではぁ、とセリアは大きく息をついた。セリアはウィンガルの巧みな言葉さばきが心底苦手だった。追いつめられるような、焦らせられるような言葉たちに流石は参謀と思わせざるを得ない。もちろん口論でセリアがウィンガルに勝てたためしはない。

…やめようかしら。
若干気落ちしてしまったセリアの足取りはどんどん重くなる。今回はいつもの比ではないだろうと考えるだけで気が滅入る。いっそのこと探すのを止めて街へでもくり出そうか。そんな選択肢も頭の片隅に出始めたセリアの鈍い赤の瞳は、いつもよりいささかどんよりとしていた。



「…うん、やめましょう。自爆する必要はないわ」

「何の話だ」



突如、背にかかる声にセリアは思わず小さく悲鳴をあげて肩を震わせた。気を緩めていたからか、全く人の気配を感じとれなかったのだ。そしてこの抑揚のない冷めた声は、セリアにとってはあまりにも聞き覚えのある声で。まさか、と恐る恐る後ろを振り向くセリア。その鈍い赤の瞳に映るのはやはり、つい先程まで彼女が探しに行くか行かないかを頭の中で葛藤していた人物だった。



「う、ウィンガル…」

「どうした。いつもより酷い顔だな」

「うるさいわね」



これだからこの男は嫌なのよ。苦虫を噛み潰したような顔でセリアはウィンガルから目を逸らす。対してウィンガルはそれを気にもせず、金色の瞳でセリアを射抜くように見つめた。



「話は聞いた。随分と無茶をしたようだな」

「…悪かったわ。二日も寝込んでしまって」

「体の調子はどうだ。まだ全快したわけじゃないだろう」

「え…いや、もう大丈夫よ」



ウィンガルの優しい言葉に思わず動揺してどもってしまうセリア。一体これはどういう風の吹き回しよ。セリアは目の前にいる漆黒の男を眉を寄せて疑うように凝視した。

この男が自分のことを心配するなんて夢でも有り得ない。そんなセリアの思惑に気付いたのか、ウィンガルは鼻にかけた笑いを漏らす。



「上司が部下の心配をしてはいけないのか?」

「気持ち悪いのよ…つい最近までは城の中を一人で歩かせるのも嫌がってたくらい私のこと信用してなかったのに」

「そうだな」



否定はせず、ウィンガルは手に持っていた物を差し出した。それはどこからどう見ても酒の入った瓶、怪訝そうにセリアが金色の瞳を見る。



「貰い物だが、手柄を上げたお前にやろう」

「…気は確か?何か悪い物でも食べたのかしら?」

「いらないのならいいが」

「あ、待って待って悪かったわ!」



ウィンガルが引っ込めようとした酒瓶を引っ掴み、セリアは誰もいらないなんて言ってないじゃないと頬を膨らます。そんな反応をして見せたセリアがあまりにも幼稚だったからか、ウィンガルは呆れたように笑いそして彼女に背を向けた。



「今日までゆっくり休め。明日からはいつも通り働かせる」

「あ、ちょっと…」



足早に去っていくウィンガルに眉を下げセリアは口籠る。何よ、なんで今日はこんなに優しいのよ。あまりにも信じがたい言葉の連続に彼女の頭の中は酷い混乱に陥っていた。しかしこのままウィンガルを行かせていいのか。少なくとも自分を心配してくれて、そして手柄を上げたからと酒までくれた。段々と遠くなる漆黒の背中を見つめ、何か言わなければ、何か言わなければと焦るセリアは彼を引きとめるために口を大きく開いた。



「ウィンガル!」



それが後々、彼女の運命を大きく左右するなど、この時のセリアは知る由もない。



鈴の音が呼ぶ


「これ…一緒に飲まない?」


(20111218)

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