「ガイアスは来ないわ」



レティの凛とした言葉を聞いていた皆の口元がひくついた。レティの手首、足首はしっかりと縄で縛られ逃げ出せる可能性などないはずなのにその人質らしからぬ態度。彼女を取り囲む大勢の中の一人の男がレティの胸倉を掴み、吐き捨てるように言う。



「アンタ、自分が人質だって分かってんだろうなぁ?また気ぃ失いたいのか?」



拳を宙で躍らせながら、男はいやらしい笑みを漏らす。レティはそれに一切表情を変えることなく、冷めきった蒼の瞳で男を見つめた。
意識が覚醒したのはおよそ10分前。その時既に両手足の自由を奪われ、大勢に取り囲まれていた。私を捕らえた理由は問う必要もない、ガイアスをここにおびき寄せるため。取引をするためかとも思ったけれど、戦闘ばかりで頭の固いこの集団にはうちの策士のような頭のきれる者はいないだろう。頭で敵わないなら力づく?馬鹿馬鹿しい。呆れたように息をついてレティは口を開いた。



「正々堂々とガイアスに決闘も申し込めない貴方たちが何をしたって変わらないわ」

「んだと?」

「聞こえなかった?頭だけじゃなく耳も悪いのかしら」

「てめぇ…言わせておけば!」



簡単な挑発に乗った男は容赦なくレティに向けて拳を振りかざす。しかしそれを寸前で避けたレティは、男が空振りをして隙が生まれた所ですぐに詠唱に入った。すぐさま周りの者がそれを阻止しようとレティに駆け寄るが、彼女を取り囲むように溢れだす光、そして何より彼女の口元が大きく弧を描いたことでどういう結果になるのか、頭のきれない者たちでも直ぐに理解できることで。



「エアスラスト!」



しかし理解できたとしても対処できないのならば意味がない。かまいたちのような風の刃にばっさばっさと薙ぎ倒されていく者たち。しっかりとレティを縛っていた縄もこの刃には敵うわけもなく、切り刻まれて地に落ちてゆく。自由になった手首を回しながら、蒼の瞳はまだまだ自分を取り囲む大勢の者を睨んだ。それはまるで獲物を狙う鷹のような恐ろしい目付きだった。



「ひぃ…!噂は本当だったのか…!」

「精霊術のエキスパート…!」



倒れている仲間たちを見て怯んだ者たちに対して、レティは小さく笑う。あっという間に形成が逆転してしまったこの状況に、私もロクに倒せないのにガイアスがどうして倒せるのかと。

しかし空気が一変する。僅かに感じた刺々しい気配にハッと振り向いたレティ。刹那、彼女の首に当てられたのは銀の刃。レティはまたかと眉を寄せる。



「これで勝った気になってもらっては困るな」

「…また貴方。気配を消すのが上手いのね」



その男はレティの気を失わせ捕らえた人物。ワッとあがる歓声にレティは自分の不甲斐なさに顔を歪めて唇を噛んだ。



「精霊術に長けていたとしてもこうして間を詰められると戦闘力は皆無だ」

「……」

「何か言いたそうな目をしているな。それなら剣を握るか?できないのだろう?」

「…!何故それを知って…!」

「故にお前は無力だ。ガイアスに守ってもらわなければ生きてはいけない。まるでどこぞの国の姫のように」



次々と突き刺さる男の言葉に、何も言えないレティ。違う、私は無力じゃない。10年前、剣を握れなくなってしまったあの日から精霊術を必死で学び、ガイアスの力になれるよう今までやってきた。



「まさか気付いていないのか?」

「何、を…」



そう、全ては彼の為に。





「お前がガイアスの傍にいることによって、多大な負荷を負わせていることに」




そう、全て、は──





「その薄汚い剣をレティから離してもらおうか」



聞き慣れた、低い声がレティの後ろから聞こえた。

レティが恐る恐る振り返れば、男に剣を突き付けて今にも首を刎ねんとする赤の姿。表情からは汲み取れないが、彼はいつにも増して激怒していた。その凄まじい威圧感に男は敵わないと悟ったのか、レティの首に当てられていた剣がカシャンと地にぶつかって落ちる。レティらの周りにいた者は、蛇に睨まれた蛙のように恐怖で動けなくなってしまっていた。



「ガイ、アス」



頼りない声で自分の名を呼ぶレティに、ガイアスは小さく頷いてみせる。もう安心しろと、言葉で伝えてもらわなくても分かったレティは僅かに眉を寄せて視線を落とした。



「ここにいる者全て降伏しろ。反抗するのなら容赦はせん」



ガイアスのその言葉にゆっくりと手をあげる大勢の者。オーラで人を制するほどの実力に、改めて圧倒してしまうレティ。彼は本当に王になるべき器の持ち主、じゃあそんな彼の傍にいる私は…?



「レティ、怪我はないか」

「えぇ、大丈夫。ありがとう」



続々と洞窟に入ってくる兵に対して、レティの腕を引いて洞窟の出口へと歩き出すガイアス。レティがふと後ろを振り向けば、不敵な笑みをもらしていた男と視線が合った。



「忘れるな。お前がそこに在る限り、我らのような者は延々とこれを繰り返す」



レティは何も言わず、眉を寄せて男に背を向ける。違う、私は、お荷物なんかじゃない。違う、違う、違う…!



ぶんぶんと首を横に振るレティに気付いたのか、ガイアスが「レティ?」と不思議そうに問いかける。レティはガイアスの赤の瞳を見上げて、グッと彼の腕を掴んだ。しかしそれは一瞬の出来事で、レティはすぐに腕を離すとゆるりと頬笑み「何でもない」と呟いた。




気付き始める闇



あの時、私は聞けなかった

私はガイアスの重荷なんかじゃないよねって


貴方の返事が 怖かった




(20111010)





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