永遠なんて、ないことは分かっていたのに

あの頃の自分はそれに抗いたくて必死だった











「レティ」

「……」

「レティ!」

「ふあっ!?えっ、あ」



普段の声よりやや大きめなウィンガルの声に、レティは机に突っ伏していた顔をハッと上げて意識を覚醒させた。霞む視界に映るウィンガル、机に散らばった羊皮紙や書類の数々、時計を見れば時刻はもうすぐで日を超えようとしている。やってしまった…とレティはバツが悪そうに呟いた。



「ごめんなさい…寝てしまったのね」

「レティ…最近のお前は働き過ぎだ。少しは身体を休めろ」

「あら、今日は優しいのね。何かの前触れ?」

「……」

「もう冗談よ。ありがとう、でもそういうわけにはいかないわ…貴方もガイアスも私以上に働いてる」

「だが、」



そこでレティの人差し指がウィンガルの唇を制した。それ以上は言わないで、そう訴えかけるレティの蒼の瞳は有無を言わさぬほど憂いを帯びていて。ウィンガルは素直に口を噤むしかなかった。



「大丈夫、倒れたりなんかしないから」

「……」

「何よ。信じられるかって顔してるわね」

「当たり前だ。現に今にも倒れそうな顔してるレティがそれを言っても何ら説得力はない」

「あっ、ちょっと!」



レティから羽ペンを引っ手繰り、ウィンガルは大きな溜め息をついて彼女の向かい側の席に荒々しく座った。当然レティは引っ手繰られた羽ペンを取り返そうと躍起になるが、軽やかに避けられていく。



「何のつもりよウィンガル!」

「お前はあの人の所へ行け」

「は?」

「一番疲れているのは誰だ」



その言葉にレティの動きが止まる。言われなくても分かっている、一番疲れているのは紛れもないガイアスだ。最近はあまりの忙しさにすれ違いばかりでゆっくりと話も出来なくなっているくらいなのに。そう、ゆっくりと、話も…



「ウィンガル…」



そこでレティは彼の思惑に気付いたらしく困ったように笑った。貴方は彼の疲れを癒して少しでもいいから休ませてやれ、そう言っているのね。ウィンガルの不器用な優しさが嬉しくて、レティは思わず顔を緩ませる。ウィンガルはすかさず気持ちが悪いと呟いたが。



「本当に、いいの?」

「何度も言わせるな、それにこのくらいすぐに終わらせる」

「ありがとう…じゃあお言葉に甘えさせていただくわ」

「あぁ、さっき執務が終わったと言っていた。きっと今は執務室で休憩中だろう」

「分かった!ウィンガル、ほんともう愛してる!」



そう言ってレティが手を振りながら扉に向かえば、ウィンガルは心底嫌そうな顔をして「言う相手が間違っているだろう、くせ毛女」と悪態をつく。一方レティは彼にそう悪態をつかれるのがもう慣れっこのようで楽しそうに笑って見せた。そうしてガチャリと閉じられた扉、途端に静かになる部屋、これこそまさに嵐が去った後とでも言うようだ。


「…本当に騒がしい女だ」



そう言いつつもウィンガルの顔は至って穏やかで。机の上に散らばった羊皮紙や書類をまとめながら、彼は羽ペンを紙の上に軽やかに走らせた。





これ以上のことは望まない、ただいつまでもこうして






そう願うことこそが既に傲慢だということに気付いたのは、


この手から全てを捨てた後だった




(20110929)





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