もしもあの時、差し伸べられた手をとっていなければ

私はこれから起こり得る運命を受け入れずに済んだのかなんて


ううん、そんなこと、きっと神さえも分かりはしない。











「ふぅ〜今日も異常なしっと…」



あと少しで日も完全に落ちる午後のことだった。街の外れにレティと、兵士が二人。どうやら街の外で何か異常がないか見回りをしていたらしい、疲れ切った体を伸ばしレティは冒頭の言葉を呟いた。



「しかしここまで異常がないと逆に不思議に思いますね」

「そうね…つい最近までガイアスが王になることに反対してた部族がこぞって襲いに来てたというのに」



一人の兵士の言葉にレティが顎に手を添えて考えるように唸った。そう、近い将来ガイアスはア・ジュール国を統べる王となる。しかしこの国は昔から部族間での小競り合いが多い国だ。高いカリスマを誇るガイアスでさえも、王になると言えばそれが面白くなくて反対する部族は数え切れないほどあるのだ。

なのでこの街、カン・バルクを襲う者もいるしガイアスを暗殺しようと近づく者もいる。とにかくガイアスが王になる道のりは前途多難。しかしそれを成し遂げるため、この国のためにとレティを始め多くの者がガイアスに協力をしていた。ガイアスと同じくらい民を思うレティは、まずは自分の近くにいる民を守ろうとこうして街の見回りをしているわけだが。



「最後に街で暴動が起きたのは?」

「二週間と二日前です。それからはぱったりと」

「……何か大きなことが起こる前触れじゃなければいいけど」



はぁ、とレティは大きな溜め息をついた。毎日と言っていいほど起きていた暴動がある日を境にぱったりとなくなった。嬉しいことだと前向きに考えたいのは山々だが、嵐が起きる前の静けさとしか思えない。



「明日から街の見回りを増やすわ。何かが起きた後では取り返しがつかない」

「承知しました」

「じゃあ二人とも、今日はゆっくり休んでね。お疲れ様」

「はい、では失礼します!」



そうして二人の兵はレティに敬礼をしてその場を去った。彼らが見えなくなるとレティは身体の力が一気に抜けたように近くの壁にドッと寄り掛かる。そして二度目の大きな溜め息をついた。

何だろう…胸のざわめきが治まらない、本当に何かが起こりそうな…


ううん、とレティは小さく首を振る。私がこんなに消極的じゃ駄目、きっと考えすぎなのね。もう一度大きく伸びをして、ぺちりと両頬を叩くレティ。



「まずは街の見張りに特に警戒するように言っておかないと…ガイアスとウィンガルにもこのことは伝えておいた方がいいわね」



よし、と気合を入れ直した彼女はふと空を仰いだ。そういえば今日は日が落ちた頃から吹雪くと誰かが言っていたわね…吹雪く前に城に帰らないとまた黒い人にグチグチと言われちゃう。容易に想像できるそれにレティはぶるりと肩を震わせ、足早に歩き出す。そして街への入り口まであと数歩という所だった。







「レティだな」



ドスっという鈍い音と共に崩れ落ちる飴色の髪の彼女。僅かに開けられた蒼の瞳がかろうじてとらえたのは一人の青年。

気配を感じられなかった?嗚呼、油断した。


悔しそうに意識を失ったレティを抱え、男は街とは逆の方向へと歩き出す。空からは大粒の雪が降り出し始め、街からの視界を遮り彼等の行方を眩ませる。男は堪え切れず笑んだ。こんな女がガイアスの唯一の弱点だとは、笑わせてくれる。



「大いに利用させてもらうぞ、レティ」





動き出す、不穏

(20111003)





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