この前の吹雪が嘘だと思えるくらい、清々しく晴れた日だった。

執務を終え、ゆったりと椅子に座って休憩をしているガイアス。きっと無意識なんだろう、小さく溜息をつく彼に私は言葉をかけられずにいた。こんなに疲れている彼に追い討ちをかけるように私は告げなければならないのか。本当は出来ない、と言いたい。だけど告げなければ私は一生後悔する。ズキズキと痛む胸を押さえつけ、私は目を伏せた。

すると後ろからふわりと抱き締められる感覚、耳元にかかる吐息。伏せていた瞳を開いて彼の名を呟けば、返事の代わりにキスが降る。本当に愛おしいと思った。こんなにも愛おしいからこそ私は、



「ガイアス、」



もう一度静かに彼の名を呼ぶ。ねぇガイアス、これから言うことは決して貴方の所為じゃなく、全ては私が弱い所為。許してなんて言わない、咎められても反論はしない、嫌われたって構わない。だけど私は、この道を選ぶ。

震える唇を一度、きゅっと噛み締め私は静かに口を開いた。




「もう、終わりにしよう」




躊躇う指先、






その場の空気が一瞬で凍りついた気がした。ほんの少しの時間だったのかもしれない、けれどこのビリビリとした沈黙が一時間にも二時間にも感じられた。貴方は今、どんな表情で私を見ているのだろう。怖くて後ろを振り向けない自分が情けない、だけど今彼の顔を見てしまえばきっとこの覚悟は揺らいでしまう。

耳元で聞こえる僅かな呼吸。ガイアスの私を抱き締める腕の力が幾分強くなった気がした。



「…笑えん冗談だな」



そう呟き、私の肩口に顔を埋めたガイアス。本当は分かっているんでしょう?私が冗談でもこんなこと口にしないことくらい。ズキズキと増す胸の痛みに私は眉間に皺を寄せる。



「自分勝手だってことは分かってるわ。それでも決めたの、私はカン・バルクを出る」

「…嫌になったのか」

「違う。嫌になったわけじゃない…私は…」



ガイアスの声色があまりにも憂いを帯びていて、思わず言葉を詰まらせてしまう。これならお前など出ていけと罵倒された方がまだマシだ。



「今でも本気でこの国の行く末を貴方と一緒に見守っていきたいと思っているわ。貴方といれば私が幸せになれることも分かってる」

「なら、何故お前は、」

「それじゃあ駄目なの。…貴方とこの国を不幸にしてしまう」



そう呟いた途端、私を抱き締めていた手が離れ、代わりにそれは両肩に置かれた。そして無理矢理ガイアスの方を向かされる。至近距離で赤の瞳と視線が交わり、私はズキンと強く胸を痛ませた。あのガイアスが、何にも動じない彼が僅かだけれど動揺している。まるで針千本を飲まされたかのような痛みに私は思わず顔を俯かせた。



「レティ。それはどういう意味だ」

「…そのままの意味よ。この前、私攫われたでしょう?そして貴方は助けに来てくれた」

「……」

「もちろん嬉しかったわ。でも同時に辛かった。私はお姫様じゃなくて貴方と共に戦場を駆ける騎士でありたかったから」



きっかけは攫われた時、一人の男に言われた言葉だった。

現に私は剣は持てない、例え精霊術が長けていたとしても誰かに守ってもらわなければ詠唱はできない。もし私がもう一度剣をとって戦えるのならば、きっとこんな選択はしなくてよかったんだね。でもね、それが出来ないのは自分自身よく分かっているの。あの、人を殺す快感に溺れ行く恐怖心に勝る強い心を私は持ち合わせていない。私は貴方が思っているより酷く弱い人間で、そして──



「私、ガイアスの弱点になんかなりたくない。ましてや重荷になんて、」



自分が傷つくのが怖くて堪らない。もし、このまま貴方の傍にいて、敵に狙われる私を貴方が何度も助けるとして、それが煩わしくなってきたら貴方はどうする?

貴方の弱点になりたくないとか、この国のためにとか、たくさんの理由はあるけど私、きっと、一番の理由はね──




震える瞼





貴方に愛想を尽かされて捨てられるのが怖かったんだわ。



(20111120)





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