艶やかな長い黒髪を纏い、笑う顔は女の私でも見惚れるほど綺麗で

だけど大きく温かい手、私を包み込んでくれていたその手は明らかに男だった

喧嘩する度に「この女顔!」って言ってよく貴方を怒らせたっけ



「バカみたい…一体いつの話よ…」


最近毎日と言っていいほど夢に現れるその人を、忘れられない。
忘れなきゃいけないと、頭では嫌というほど分かっているはずなのに。忘れるためにあの大好きな下町を出て、遠い遠いこの街に移り住んだのに。

忘れなきゃいけない。忘れなきゃいけないんだと思うほど彼の顔が色濃く瞼の裏に張り付く。何を今更。一方的に別れを告げたのも彼を酷く傷つけたのも全部私なのに。


「……」


ズキズキと疼く胸を押さえながら私はベッドを降りた。コップに水を注ぎ、いつもの薬と一緒に口の中に流し込む。その後何度か深呼吸をすれば、胸の痛みはとりあえず収まったようで私は近くにあった椅子に深く腰掛けた。

この命がいつまで持つかなんて自分でさえも分からない。もしかしたら明日で終わってしまうかもしれない、一週間後かもしれない、一カ月後かもしれない。
毎日止めどない不安に襲われて胸が苦しくなる。思わず誰かに依存したくなってしまう。けれどそれは許されない、そうでしょう?




「なまえ…どうしてこうなるまで放っておいたんだ」

「……」

「もう少し治療を早くやっておけばこの病気は治ったかもしれないのに」

「……」

「…これから言うことは大事な人にちゃんと言うんだ。なまえ、君の寿命は──」


持って一年。だけどこの病気は心の持ち様でも大きく変わる。もしかしたら明日ということもありえるんだ。気を強く持って、大事な人と大切な時間を過ごしなさい。




「そんな、近い内に死んでしまう私と一緒にいて、なんて酷なことは言えない、よ」


俯けば、スカートにいくつもの涙の染みが出来た。

あの宣告を受けて私はすぐに彼に別れを告げた。何度嫌いだの顔も見たくないのだの言ったのだろうか。そう言う度に彼は眉を寄せて辛そうな顔をして、でも簡単には諦めてくれなくて。それが本当の理由なのかと問われた時、一瞬動揺してしまった私は思わず彼の頬を叩いてもう声すらも聞きたくないと言ってしまった。

その時の傷心しきった彼の顔は今でも忘れられない。


「…はぁ、は……」


しばらくして再び落ち着きを取り戻した私は、何やら外が騒がしいことに気付いた。恐る恐る扉を開けば視界に広がるのは逃げ惑う人。


──カンカンカンカン!


「…警報?」

「なまえ!魔物だよ!早く避難しな!」

「えっ、…!?」


魔物…?どうして、結界は…!?
しかしどうやらそうやって混乱して立ち尽くしている時間などないらしい。遠目で魔物と応戦してるギルドの人が見える。早く、避難しなきゃ。そう思って走ろうとした時だった。


「ユーリ!そっち行ったよ!」

「あぁ、任せろ!」


ふと、懐かしい名前が聞こえて私は足を止めた。全身に鳥肌が立ち、首筋辺りがちくちくと熱を持つ。周りは喧騒で溢れているはずなのに、自分の速まる鼓動の音しか聞こえない。
だって、嘘、嘘よ、彼が下町を出るわけないじゃない。だったら、さっき聞こえた懐かしい声、忘れたくても忘れられない声がしたのは?ふるふると、あの声のした方へと振り向く。そこで私は痛感してしまうんだ。


本能は覚えてる、彼の声を、全てを。

本能が叫んでる、嗚呼やはり彼を忘れられるはずがないと。



「ユーリ、」




色褪せないのは、



視線の先には剣を舞うように扱い魔物と戦う、彼が、ユーリがいた。


(20120301)









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