ここ、リーゼ・マクシアは私がいた世界とは何もかもが違うと思っていたけれど。


「…なんだなまえ」

「え、えーとね、その…」


こちらの世界にもバレンタインデーはあるらしく、それも私がいた世界と全く同じ意味合いを持つらしい。つまり感謝の気持ちや愛を込めてチョコを贈る日。女に言わせてみれば、(いや、考え方によっては男もかな)一世一代の重大イベント。

私がこっちの世界に来るまではそれなりにチョコの受け渡しはしたけれど、それはあくまで友チョコや家族チョコであって、本命チョコなんて作ったこともましてやあげたこともない。そういう対象がいなかったっていうのもあるけれど、とりあえず今までは全くなかった。そう、今までは。何度も繰り返すけど今までは。

はああああ。今なら好きな人にチョコを渡す決心をするのにすごく時間がかかっていた友達の気持ちが分かる。心臓が破裂しそう。それにすごく怖い。


「ウィンガル…?」

「何故疑問形なんだ」

「わ、分かんない!ええと、その、あの、これ!」


これこそ穴があるなら入りたいというものだと痛感した。とりあえず酷い。私、酷過ぎる。頭の中では何度もシュミレーションをしていたのに、いざとなったら言いたいことも言えずにどもったあげく、勢いで隠してたチョコを差し出してしまった。さすがのウィンガルもきょとんとしている。あ、そんな顔も好きだな、って何呑気なこと考えてるの私。

でもここまできたらもう後戻りは出来ない。な、なるようになれ!


「こ、こっちの世界に来た時、右も左も分からなかった私を助けてくれてありがとう。あれから一年経ったけど、やっぱりウィンガルがいなかったら私こうして充実した日々を送れてないと思うの。こ、これはその…感謝の気持ちで…す」

「……」


最後の最後であまりの恥ずかしさに目を逸らしてしまった。顔が火照って頭がくらくらするくらいだから、きっとトマトのように真っ赤な顔をしているんだろう。一方ウィンガルは何も言わず、ただ私の差し出しているチョコを見ているみたいで。あ、あれ、受け取ってくれないのかな…

恐る恐るウィンガルの金色の片目と視線を合わせる。彼が小さく笑った気がした。


「…それだけか?」

「へっ」

「言いたいことはそれだけかと言っているんだ」


余裕しゃくしゃくな彼の言葉に私はかああっと、今なら持っているチョコを一瞬にして溶かせるんじゃないかってくらい、熱を上げる。やっぱり彼は私より一枚も二枚も上手だ、一生敵わない気がする。何もかも見透かしたような瞳、私は諦めたように項垂れて未だに真っ赤に染まっている頬のまま口を開いた。


「……好き、です」


顔を見られたくなくて、思わず俯く。彼はいつだって私に容赦ない。どうしてそんな人を好きになったのか分からないけれど、惹かれてしまったものはしょうがない。だって、人を好きになるってそういうものでしょう?

ふと、持っていたチョコがするりと自分の手から抜けた。ハッと弾かれるように顔を上げれば、視界に映るのは彼の後ろ姿。私が持っていたチョコは彼の手の中にあり、そして彼は何事もなかったかのようにこの場を去ろうとする。


「う、ウィンガル、」

「随分と待った甲斐があったな」


聞き耳をたてないと、本当に聞こえないくらいの声だった。
彼の言葉の指す意味が分からないほど、馬鹿な私じゃない。

ああ、嘘だ。本当に?自惚れるよ?知らないんだからね。



「お返し、とびっきり甘いの待ってるからね」




そう言うと彼は振り返り、何も言わずに黒く微笑んだ。


…ん?あれ、黒く…?…悪寒がしてきた。

(20120214)









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