いつだってしょうがないんだと言い聞かせて、夜のメルトキオの街をふらふらと歩く。なまえは寝ないのかい?そう自分に問いかけた黒髪の彼女を思い出しては胸をちくりと刺すこの痛み。寝ないんじゃない、寝れないんだ。それは誰かさんと誰かさんがいい雰囲気だから、なんて鈍感な彼女はきっと知るわけがないんだろう。

はあーあ。分かってるのになあ、この恋が実らないことも。あの二人の間に私が入る隙間なんて微塵もないことも。なのにいつまでもだらだらと想い続けてしまっている自分がいる。結局は諦める決心もつかない馬鹿な女なの、どうしたってこの想いが通じることなんてないのに。

いっそのこと想いを伝えて思いっきりフラれてみようか。いや、彼は普段はおちゃらけててもいろんなことをちゃんと考える人だから、苦しめてしまうかもしれない。でも、ううん…私も苦しいんだもの、彼も苦しめばいい?あれ、私っていつから冗談でもこんな最低なこと思う女になったんだろう。こんな汚れた心があんな純粋で綺麗な心の持ち主の彼女に勝てるわけがないじゃない(そう、最初から勝敗はついてた)


「そこの姉ちゃん、俺といいことしない?」


ふと呼びとめられたその声に、ぶらぶらとどこに行くでもない足を止めて振り返った。そこでやっと周りの景色が鮮明に視界に入る。きらきらと光り輝くネオンの文字に官能な雰囲気を漂わせる建物たち。飛んで火に入る夏の虫とはまさに私のことねと自嘲するように笑んだ。

あまりにも下手くそな口説きに普通なら躊躇いもなく足蹴にするけど、どうやら私の心は自分で思っていたよりボロボロらしい。この胸を刺す苦しみを一時でも忘れさせてくれるなら、それにこんなことをして誰も悲しむ人なんていない。もうどうにでもなれ。いっそのこと滅茶苦茶になってしまえ。そう思った自分がいた。


「お兄さんは…私をちゃんと愛してくれる?」


妖艶な笑みを浮かべて誘うような瞳をすれば、男は待ってましたと言わんばかりに私の腰に手を回し目の前の建物に入ろうと促す。
だけど、私と男の間に急に割って入った腕。誰だと確認する間もなくその腕に抱き竦められれば、間近に見えたのは鮮やかな赤の髪。


「わりぃ〜けどコイツ、俺様のツレなんでね」


まさか。目を疑った。耳を疑った。予想もしてなかった出来事に頭が真っ白になり、ふるふると唇が震える。その唇でやっと紡げたのは、彼の名前。


「ゼロス、」


み、神子様のツレだなんて!とヒステリックに叫びながら去っていく男を、何を思うでもなくぼんやりと見つめる。抱き寄せられた肩に熱が集中していくのを感じながら、私は隣を見ることが出来ずにいた。何故だかどうしようもなく、泣きそうだったから。


「なまえちゃ〜ん?まさか俺様お楽しみのところ邪魔しちゃった?でもこんな所に来るくらいなら俺様の相手してほしいな〜」

「……ごめん」

「なまえ…?ずっと思ってたけど最近のお前、らしくないよどうした?」


私の顔を覗き込むゼロス、心配して言ってくれているのは痛いほど分かっているのに。その心とは裏腹に怒りが込み上げて、私は俯き唇を噛んだ。
らしくない。それが一体誰の所為だか分かっているの?ゼロスの問いには答えず、隣も向けずにただ離してと肩に置かれた手を剥がそうとする。

私は、私は…!叶わない恋と知ったから貴方を、ゼロスを忘れるために、


「私が誰に抱かれたって、ゼロスには関係ない…!」


自棄になって思わず吐いた言葉に、ゼロスの雰囲気が一変した。私の腕を無理矢理引っ張り、人気がまるでない暗い露地裏へと向かう。離してと抵抗しても所詮は女の力、男のゼロスに力で勝てるはずがなく。


「っ…!」


掴まれていた腕を突き放され、反動で背中が壁にぶつかる。鈍い痛みにハッと顔を上げれば、両手首を掴まれ荒々しく壁に貼り付けられた。ぎろり、と怒りの混じった蒼の瞳が私の揺らぐ瞳を捕らえる。
そしてゼロスは何をいうでもなく、露わになった私の首筋に顔を埋めた。ねとり、と熱い舌が私の全神経を奪ってゆく。それこそ何も考えさせてくれないほどに。

やめてよ、やめて、もう忘れさせてよ。私がどんなに辛くて苦しいかなんて何一つ分からないくせに。
揺らぐ瞳から流れ落ちる涙は、私の頬を伝いゼロスの頬へと。そこでもう一度、蒼と視線が交わる。はぁ、と苛立った表情は変わらぬままゼロスが溜め息をつく。


「…どこの誰かも分かんねぇ奴とはよくて俺は駄目なわけ」

「……っ」

「あ〜すっげぇ苛々すんだけど」


地を這うような低い声にぞくりと身の毛がよだつ。
だってゼロスには、ゼロスには…!


「しいな…」

「しいな?」

「ゼロスには、しいながいるじゃない…!」


旅の途中、二人が誰よりも仲がいいことは見てて分かった。いつもは喧嘩ばっかりだけどお互い信頼し合っていることも。だから私の入る隙はどこにもなくて、諦めるしかなくて、だけどその諦める方法なんてちっぽけな脳じゃ思い浮かばなくて。

嗚呼もう何も言えないよ。涙が止まってくれないから。


「なまえ」


名前を呼ばれて思わず俯く。すると強引に顎を持ち上げられ、蒼と視線が交わった。その瞬間、全てを奪い去っていくような口付けが私に落とされた。



キス、キス、キス



戸惑う私、ゆっくりと唇を離すゼロス。残念ながら俺様はお前一筋なんだけど。
耳元でそう囁かれた言葉は幻聴ではない。だけど信じられるわけがなくて私はもう一度頬を涙で濡らす。ゼロスは困ったように頭をかいた。

そんじゃあ信じてくれるまで何度でもキスしてやるよ。そう囁かれて今度は優しい口付けを交わされる。
嗚呼、嘘だ。叶わない、届かないと思っていたのに。

恐る恐るゆるりと彼の首に腕を絡める。いつものように綺麗な笑みをしてギュッと抱きしめてくれたゼロスは、本当に愛おしくて堪らなかった。

(俺様のこの愛が伝わるまで、)
(私の不安を全て取り払ってくれるまで)
(数え切れないほどのキスを)

(20120126)









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