いつものように燃えるような真っ赤なマフラーを巻いて、空中滑車に乗り居住区へと向かう。鼻水が出ているのも気にせず外で走り回って遊ぶ子供たちや、多くの行商人の賑わう声を聞けば今日も平和だと安心したように胸を撫で下ろす。
この平和が何もせずにいつまでも続くなど思ってはいけない、当たり前のようなこの日常を守ることこそが自分や彼に課された使命なのだとなまえは考えている。だからこうして彼女は多くの民が住む居住区へ自ら赴き、民の思いを聞くのだ。


「あ、王妃様だ!」


嬉しそうにはしゃぐ子供の言葉で王妃の存在に気付いた民らは、なまえに敬意を込めてお辞儀をする。それにニコリと微笑んだなまえも民らと同じくお辞儀をした。王族でありながらその地位を鼻にかけることはしない、なまえがこの国の王と共に慕われる理由の一つである。


「ね、王妃様!僕、王妃様がいつもしてるその真っ赤なマフラー欲しい!」

「私も私も!」

「こら、お前たちなんてことを!」


なまえに集る子供たちの興味の矛先は、いつもなまえがしているマフラーに向けられた。失礼に値するとおろおろと慌てる大人たちに、なまえはいいのですと子供たちの頭を撫でながら笑う。


「あげたいのは山々だけどこれだけは駄目なの。ごめんね?」

「どうしてー?」

「これは王様からもらった大事な物だから」


なまえがそう言うと子供たちは途端に目を輝かせて王様からのプレゼントなんだ!とわいわいはしゃぎ出した。
どこでもらったの?何て言われてプレゼントされたの?他に何かもらったりしたの?子供たちの容赦ない質問責めになまえは苦笑しつつ参ったわと僅かに頬を染める。

きっかけは確か、あまり厚着をしないまま居住区へ赴き、物の見事に風邪をひいた時だ。
もう居住区には行くなと告げたガイアスと大喧嘩し、なまえは一晩中泣いた。彼が自分を心配して言ってくれていることは重々分かっていたが、はいそうですかと素直に受け入れきれるはずがなかったのだ。
そうして次の日の朝、彼から唐突に差し出されたのがこのマフラーだった。彼は滅多に贈り物などしない。だからなまえは心底驚くと同時に嬉しさに胸を詰まらせた。女物などてんで分からない彼が自分のために?しかも私が好きな色をちゃんと覚えてくれていたの?
この襟巻をして厚着をするのであれば、外出することを許すと恥ずかしさからか視線を逸らしながらマフラーを差し出すその夫の姿に、なまえは思わず涙してしまった。こんなにも愛おしいと思える人はきっとこの世界中どこを探しても彼しかいないと。



「その話は誰にもしない約束だったろう」


突然後ろから聞こえた馴染みのある声に、なまえは一瞬驚いたように肩を揺らし、次の瞬間にはそうだったかしらと微笑みながら振り向いてみせる。思いもよらない人物が現れたことによって、ざわめきつつも民らはなまえの時と同じようにその人物に敬意を払ってお辞儀をした。



「だって、この子たちにこんなにせがまれたら断れないわ」

「全く…」



呆れたようになまえの隣に立つのはこの国の王。彼女の愛おしくてたまらない人。王様!王様!と嬉しそうに自分の周りにも集る子供たちの頭を撫でながら、ガイアスは自分を見上げるなまえの若干赤くなった鼻にそっと触れる。


「寒いのだろう?」

「いえ、貴方からもらったこのマフラーがあるから平気よ」



幸せそうに微笑むなまえの表情に、周りにいる民らも思わず顔を綻ばせる。羨むくらい、仲睦まじい二人をこの国では知らない者はいないだろう。
ラブラブだねー!と子供たちに茶化され、はにかみながら困ったように笑う王妃とそれを優しい眼差しで見守る王。そんな二人が民を導き、そして守りたいと思うのと同じくらい、民もまたこのような二人をずっと見守っていきたいと強く願うのだ。




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