かつて、彼には四人の直属の部下がいた。皆が皆、当然のように性格も違えばよく口論や酷い時には武器を持ち出して喧嘩をしていた。その原因は大抵、赤い服を着た銀髪の少女だったけれど。しかしそんな四人にもたった一つだけ共通点があった。彼のためならば自分を犠牲にしても構わないと言う忠誠心。素晴らしきその忠誠心は美しく、そして儚く、そして──愚かだ。



「ガイアス」



書類整理を一段落終えたらしいガイアスの元へ、労いの意を込めてお茶を差し出す。すまない、と一言だけ呟きお茶を口に運ぶガイアスはとても疲れているように見えた。しかし休んだ方がいいと例え口煩く言っても、彼が休んだためしなどないので私は口を噤む。あの四人ならこういう時はどうやって彼を休ませたのだろうか。


「なまえ」

「ん?」

「目の下に隈がある。少しは休め」


それはこっちの台詞だ、と喉元まで来た言葉をグッと飲み込み、お盆を胸に抱く手に更に力を込める。私は大丈夫だからと大根役者並みの下手な笑みをこぼした。

あの四人なら彼がどんなに拒んでも力ずくで休ませたんだろう。戦場では器用に自分の武器を使いこなし敵を薙ぎ倒していくのに、こういうことに関しては不器用だったから。それでもその不器用はとても暖かく、きっと彼に心地の良いものとして届いていたはず。そしてそれが何よりの癒しだったことも。

ふと、彼の手が私にのび、優しく頬を撫でる。突然のことに驚いた私は、目を見開き彼の赤の双眸を凝視した。泣くな、そう呟いた彼の言葉に私は恐る恐る自分の頬に触れる。冷たい雫が私の指を濡らした。

泣いていることを自覚してしまった後は、何かが切れてしまったかのように次々とこの瞳から溢れ出す。止まらない、目の前にいるであろう彼がぐらぐらと歪む、止められない。俯き、きゅっと目を瞑れば瞼の裏にあの四人がいた。


貴方たちの忠誠心は立派だった。自分の命は彼のために在ると、口を揃えて言った貴方たちの確固たる信念は私の憧れでもあった。だけど私は貴方たちを一生許しはしない。皆で共にいられる日々が延々と続くなんて、そんな夢物語などないと分かっていたけれど。それでも私は、許さない。その忠誠心の強さ故、彼を一人にしてしまったことを。


「ガイアス…私じゃ、」


プレザ、貴方は前に言った。彼は一人でも歩むと。確かにそうかもしれない、それでも彼も皆と同じ一人の人間だ。なのに、どうして、ねぇ。どうして?


「貴方の…心に空いた穴を埋めることはできない」



私なんかじゃ貴方たちの代わりは出来ない、出来ないんだよ。ねぇ、彼のための命ならば、勝手に死ぬことも許されないと思わなかったの?嗚呼、今となってはその答えを聞くことも、叶わなくて。

彼のためならば自分を犠牲にしても構わないと言う忠誠心。素晴らしきその忠誠心は美しく、そして儚く、そして──酷く愚かだった。


「なまえ」


彼の手が私の頭を優しく撫でる。ゆっくりと開く瞳、未だに揺らぐ視界に、彼がどんな顔で私を見ているのかはよく分からない。でも、それでいい。上手く見えなくてよかったと、生まれて初めて涙に感謝した。



(見て御覧、これが貴方たちの残した世界だよ)

(20111231)









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