どうして望んだものはこの手を全てすり抜けていってしまうのか。


ゆらめく橙色の炎をぼんやりと見つめながらなまえは思う。ベッドの隣に灯されたその小さな炎は、息を吹きかければいとも容易く消えてしまいそうだった。まるで自分のようだと自嘲し、ベッドに沈んだ身体を起こそうとする。しかしそれを制するのは逞しい男の手。肩を押され、なまえの身体はまたベッドへ深く沈む。

嗚呼、貴方はあとどのくらい私を闇に沈めれば気が済むの。その呟きは声として吐き出すことは叶わず、男が全て呑みこんでしまった。


どうして望まないものだけが私を離さないのか。


窒息しそうなほど長い口づけの終わり、ハァッと熱い息を吐いてなまえは拒むように顔を背けた。辛い、苦しい、今すぐ離してほしい。しかしなまえの思いは微塵も届かない、またすぐに長く熱い口付けが始まる。



「ガイア、ス…!」

「…何度言わせれば分かる、なまえ」

「っ…ん!」

「この道を選んだのはお前だ」



離れた唇同士を繋ぐ銀の糸、至近距離で交わる視線。何も言えないなまえは、肩で息をしながら眉を寄せた。あの時はああするしか彼を救う方法はなかった、分かってる、分かっていても。なまえのガイアスの胸板を押し返す手はゆるゆると力を緩めていく。その手をベッドに張り付け、ガイアスはなまえの白い首筋に顔を埋めた。



「最低、最、低、さいってい、」

「…何とでも言え」

「なんで、貴方みたいな男が、…」



チクリと痛む首筋、太股を這う大きな手の感触になまえは現実から目を逸らすかのようにぎゅっと目を瞑った。次にこの瞳を開く時には、これは全て夢で、そんな寝ぼけた私を彼が呆れた顔で笑ってくれていますように。

なまえ、と艶やかに呼ばれた名に彼女はゆっくりと瞳を開く。彼女の視界には揺らめく小さな炎、望まない人、そして歪む世界。頬に伝う涙の冷たさを感じてなまえは今日も思うのだ。



やっぱり夢じゃないのね



涙を流すなまえの口が一つの名前を呟こうとする。それが自分のではない、漆黒に身を包む金色の瞳の男のものだと分かると、ガイアスは言わせないとでもいうかのように荒々しく唇を重ねた。

望むものは手さえ届かない。名前を紡ぐことも、こうして身体を重ねることも、思いを伝えることも、全て叶わない夢物語。

なまえの脳裏から漆黒の彼が浮かんでは消える。行かないでと彼を求めるかのように空に向かってのばされたなまえの手は、ガイアスによってまたベッドに沈められた。


小さく揺らめく炎が、泣くように消えた。


(20111125)









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