私は堪らず飛び出した。何人もの兵士がやめておけと伸ばす手を払いのけ、コイツは一体何を考えているんだという視線の中ただひたすら目的の場へと足を進める。もう我慢ならない、兵である以前に私は人間であり彼もまた私と同じくこの地で呼吸をする人間だ。そう、人間なんだ。言葉にもならない断末魔が遠くで聞こえ、私は唇を強く噛んだ。じわりと鉄の味がした。

何故もっと強く反対しなかったんだろう。陛下の為だとはいえ、こんな危険を冒してまで身を削ることどうして私は許してしまったんだろう。後悔の念が次々と押し寄せ、胸が詰まり息苦しい。上手く歩けてるかどうかも定かではないくらい、だけど彼はもっと辛く苦しい思いをしているのでしょう。断末魔が近くなる。

事の発端である人物の周りに集る人らを押し退けて、私は足を止めた。危ないから離れてだとか、何故ここに来たんだだとか、いろいろ聞こえていたような気がしたけれど最早頭に入るはずもなかった。



「ウィン、ガル」



もがき苦しむ彼の前にゆっくり膝をつける。漆黒の髪は正反対の白へと変わり、何があっても冷静沈着であったはずの彼は気性を荒らし、唸り、叫ぶ。獣のような黄色の瞳は私を一瞥し、いつ見ても細く折れそうな腕をこちらに伸ばした。掴まれた私の両腕、手加減など知らないと言うようにそれはもう力強く、骨が軋むほどの力で私は思わず眉を寄せる。周りにいた人らが私から彼を引き剥がすよう手を伸ばしたけれど、私は「大丈夫」とそれを拒んだ。

目の前の彼は本当に私の、幼馴染?いつもチェスで私をこてんぱんにして、口喧嘩でも毎回私をぎゃふんと言わせる、だけどいつも傍で見ててくれていた優しい彼、なの?震える唇を一度噛み締めて、静かに開いた。



「ウィンガル、私が分かる?」

「…こうなるって分かってたのに、どうして私、アンタを斬ってでまで止めようとしなかったんだろうって、」

「後悔してももう元には戻れないこと、分からないほど子供じゃないの、に」



何故だか言葉が上手く紡げなくて、苦しくて、思わず俯いた。本当は彼の悲惨な姿から目を逸らしたかったのかもしれない。そんな中、私の両腕の痛みがゆるゆると和らいで両手が暖かい何かに包まれる。嘘だ、そんな。ハッと顔を上げたその視線の先には、苦しそうにしながらも困ったように微笑する彼がいた。



「…なまえ」

「…お前、らしくもない…」



そう言って彼の指は私の目尻に持っていかれる。彼の行為でやっと今自分がどんな顔をしているのかを理解した私は、震える手で彼の華奢な体を抱き締めた。静かに拭われた一筋の想い、私、何を恐れていたんだろう。どんなことがあっても彼はやっぱり優しいままの彼だったのに。




変わりゆく世界で僕等の想いだけはきっと変わらない、



アンタのために、泣いてやるわけないじゃない…!そう言って鼻をすすれば、隣でフッと鼻で笑う声が聞こえて。何か言ってやろうと思ったのに、彼は私を抱き締め返して、泣かせてすまないと聞こえるか聞こえないかの声で呟いたものだから。私は堪らずもう一度鼻をすすって、何も言えずに彼の肩口に顔を埋めた。

リィン、アンタは昔からそう。私には一度も勝たせてはくれないのね。



(20111013)









人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -