大貝獣物語



ハナミは、ひかりだった。俺にとっての紛れもない、カズマに勝るとも劣らないほどの光。いや、そもそも比較すること自体が無意味なことだと云えるだろう。ハナミは、カズマとはまたちがう、特別にかがやかな光だった。初めて逢ったときにかち合ったその眼の強いかがやきを、俺は未だ鮮明に憶えている。そして、一目で分った。この娘と俺のあいだには隔たりがあるのだと。光と闇という、対極に位置する明暗とした厚い壁があるのだと。そう、厭というほどに思い知らされた。つまりは違う世界の住人なのだ。暗殺を生業としてきた俺と、陽の下で生きてきたハナミ。同じであるはずがなかった。だからこそ、俺は、焦がれた。ひどく羨ましかった。妬みもあった。渇望した。その陽だまりの場所を、望んだ。そしていつしか── ハナミに、心を奪われた。

「キラー、考えごと?」

凛とした声とともに、魔物の断末魔が俺の背後で空気を裂くようにして響いた。物思いに耽っていた隙に、どうやらいつの間にか背後を取られていたらしい。それを、すばやく一太刀で始末したハナミが、「戦闘中にだなんて珍しいね」、ほのかに笑みを刷いたようにみえた。確かに普段の俺なら有り得ないことだ。情けないな、おもわぬところで借りが出来ちまった。こうやってまた。ひとつ。

「レディーに助けられるなんて、なっさけないわよキラー!」
「キラーでも不覚を取られることがあるのだな。じつに意外だ」

キララとバードが、戦いながらも口々にそう云ってのける。うるさい。追い討ちをかけるな。そんな言葉を、俺は舌打ちとともに胸中で零した。よりにもよってこのパーティーのときに助けを借りるなど、まったくもって不覚以上の何ものでもない。だが、俺の心境をしってか知らずか、ハナミは何事もなかったかのように残りの魔物へとふたたび剣を向ける。てっぺんから降りそそぐ日の光りによって、ぎらりとそれはかがやきを反射した。その光は、持ち主の意志の強さを反映させているかのようだった。うつくしくゆるみのない、目映さ。俺が、惚れた、ひかりだった。

なあ、俺は。おまえに特別な感情を抱いているからと云って、それ以上のことなど望んじゃいないんだ。この想いを伝えようとおもうこともない。俺は、ただ、このままでいいんだ。光には未だに焦がれたままだが、しかし、いまの俺には、その場所へいく術などどこにも見当たらない。それに。おまえと共に旅を重ねるうちに、気づいたことがある。たとえ自分自身が光になれずとも、遠くからそのまばゆさを眺めているだけで、こころは満たされることもあるのだと。それを、おまえが、気づかせてくれた。

そして。気づいたことは、気づかされたことは、それだけじゃないんだ。ほかにもたくさんある。そうしてそれは、おまえに心を奪われたことで得たものばかりだ。たとえば、繰り返した暗殺によって深く翳っていた俺のこころにも、ひとを愛するという感情があったのだということ。ひとりの人間の彩りで、じぶんの世界は果てしなく拓けていくのだということ。ひとりの女のために、自分は、命すらも懸けられるのだということ。そして。たとえ想いが通わずとも、そばに居られるだけでこんなにも幸福を感じることができるのだと。俺は、そう、知ったんだ。おまえが、それを知るきっかけをくれたんだ。
なあ。おまえは、もう、俺にとって、かけがえのない、失くすことなどまったく考えられない、そんな存在になっちまってる。馬鹿だと笑いたければ笑えばいい。俺も笑い返してやる。それほどまでに、大切なのだと。そのときは。

キララとバードが得物を振っている真向かいで、ハナミがひとり魔物の群れと戦っているのがみえた。俺は目先の怪物を一閃して、すかさずハナミのもとへと駆け寄る。こいつはほんとうに目が離せない。自身の強さを驕っているわけでは決してないのだが、もともとの性格なのか無茶ばかりしやがる。先程と変わって、つぎは俺がハナミの背後を守る番となった。

「ひとりで突出しすぎだ、ハナミ」
「ごめん、ありがとう。 今度はわたしが助けられちゃったね」
「女に助けられるのは口惜しくてな」
「あはは。そんなことバードに聞かれたら、キツーいお説教くらうよ?」
「守られるのが厭なだけだ。 俺が、おまえを守る」
「ありがとう。でも生憎と、わたしも守られるだけはイヤなんだよね。だからわたしも、キラーを守る」

止まらない動きのまま、放たれた言葉。守られるよりも守るほうが性に合っているのだと、そしてそのほうがいいのだと、いつでもそう笑うヤツだった。分っているクセに、そのふとした言葉に俺のこころは揺さぶられる。守られるのが厭だというのは限りなく本心だが、しかしそんなふうに云われてしまうと、なにか掬い上げられたような気持ちになる。俺はささやかな動揺を悟られぬよう、意識して抑揚のない声色に徹底した。

「なら、俺の背中は任せるぞ」
「光栄だね。わたしも背中を任せるよ!」

云うがはやいか、阿吽の呼吸で背中合わせになる。俺たちを囲む魔物の群れ。しかし負ける気などいささかもしなかった。俺の背におまえが居る、おまえの背は俺に預けられている。それだけでもう、何者にでも勝てるような強いおもいをおぼえる。
そして。こんなふうに、おまえを守れるだけで、俺は十分に満たされているんだと、いまこの瞬間も実感したんだ。血で塗れたこの手でおまえを抱きしめてやることは出来なくても、この手でおまえを守ることはできるのだと。俺は、そんな事実に、云いしれぬ幸福をおぼえるんだ。たったそれだけのことかもしれなくても。幸せなんだ。そう、いまの、この状況のように、互いの背を預けて共に戦えること。俺は、たったそれだけで幸せだ。


be worth that much to me
20091104

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