大貝獣物語


※(キラー夢「ひかり、満ちて」の後のおはなし)


「あら、ハナミ、ピアス付けてるの?」

 宿屋でじぶんの服のボタンを付け直していると、隣のベッドに腰かけたキララが驚いたようにそう言った。
 針を操る手を止め、面をあげたハナミは、「うん」とはにかむように笑った。きょうの昼間、キラーに開けてもらったばかりの穴には、彼から貰ったピアスが嵌っている。とはいえ髪で隠れがちなため、今この瞬間までは誰にも気付かれはしなかったのだが、さすがに年頃の女の子は目敏い。

「ん? でも昨日までは開けてなかったわよね。今日開けたの?」
「う、うん」

 よく見てるなあとこっそり感嘆しつつ、「開けてもらったんだ」と付け足すと、キララは大きな瞳をきらきらと輝かせた。次いで「えっ、だれ!? 誰に!?」と食い付かれ、失言だったかな……と汗を掻きそうになりながらも、ハナミはあっさりと白状した。この場しのぎの嘘を吐いても、すぐにバレると知っているので。
 心のなかで彼に謝りながら名前を口にすると、キララはふぅんと口の端を持ち上げた。王女の身分からはやや掛け離れた表情に、ハナミは思わずドキドキと身を引く。

「じゃあそのピアスもあいつから貰ったんだ」
「う、うん。まあ一時的に借りてる、って言ったほうが正しいのかもしれないけど……」
「借りてる? でもソレ、あいつの私物じゃないんでしょ?」
「ん、たぶん……」

 とハナミは曖昧に頷いて記憶を巻き返した。
 そういえば、このピアスの効能は聞いたけれど、どこで入手した物なのかは知らない。まさか彼の知り合いの形見、だとかいう訳ではないと思うけれど。確証はない。
 ──でも、どんな物であったとしても。

「……でも、ほら、わたしはいつか、自分の世界に戻っちゃうかもしれないでしょ。そうしたらきっと、このピアスの効果も意味のないものになっちゃうだろうし……そうなるよりはこっちの世界のひとが持ってたほうがいいと思うから、帰る方法が分かったら返すつもりではいるよ」

 己の考えを述べると、途端に胸を寂しさが巣食う。事故にも近い事象でシェルドラドに飛ばされた身ではあるが、数か月もこの世界で仲間と過ごしていると、別れる時がこわくなる。
 するとキララはどこか呆れたような、虚を衝かれたような顔をした。そうして尖らせた唇から恨めしそうな声でつぶやく。

「ハナミって、わりと野暮よね」
「……えっ、野暮!?」
「そうよ! にっぶーい!」

 頬まで膨らませてそう唱えられ、混乱しながらもすこしばかりショックを受ける。どのへんがと訊ねる前にキララが続けた。

「ベツに『いつかは返せ』って言われたわけじゃないんでしょ」
「い、言われてないけど……」
「じゃあずっと持ってればいいじゃない」
「で、でもその、『体力をカバーできる』っていう理由で渡されたから……向こうの世界じゃたぶん効果ないだろうし、」
「いいの! 効果があろうと無かろうと。わざわざあいつが自分の手で穴まで開けて渡したんだから、それだけハナミに持っててほしいってことでしょ」

 すらすらと澱みなく断言されると、反論の余地がなくなる。
 そう、かなあ。無意識に零れ落ちた言葉を「そうよ」と肯定して、キララが綺麗な両脚を組み替える。

「それでも気になるんなら、私が直接あいつに訊いてくるわよ」
「っや、いいよ、もうわかったから」
「ホントー?」
「ほんとほんと」
「ならいいけど」

 何度も頷くと、キララは納得したらしい。
 話に一旦区切りがついたところで、ハナミはふたたび手を動かした。もう終わり間際だったので玉止めをし、糸を切って、ぽんぽんと服を撫でつける。
 よしと息をついて顔を上げれば、それを見届けていたらしいキララと目が合った。無邪気に光るような視線がにっと細まる。悪戯っ子みたいなまなざしなのに、どこか大人びた笑顔で。

「言い忘れてたけど、そのピアス、ハナミによく似合ってるわよ」

 まっすぐな褒めことばに胸が擽ったくなって、ハナミはありがとうと相好を崩した。
 どの世界で過ごすことになってもこの贈り物を手放さなくていいのだと思うと、さっき感じた寂しさが、淡く柔らかくなった気がした。


もう触れられない惑星になっても

2023/10/20

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